欧州の畜産研究に学ぶ、サプライチェーンにおけるデータ駆動型の品質・リスク管理

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欧州で、牛や豚の飼育における抗生物質の使用を科学的データに基づいて適正化する研究プロジェクト「ICASA」が注目されています。一見、直接関係のない畜産業の話題ですが、その背景にある薬剤耐性菌(AMR)問題やデータ活用の思想は、日本の製造業、特に食品分野のサプライチェーン管理や品質保証において重要な示唆を与えてくれます。

欧州における抗生物質適正化プロジェクト「ICASA」

近年、世界的に薬剤耐性菌(AMR: Antimicrobial Resistance)が公衆衛生上の大きな脅威として認識されています。これは、細菌が抗生物質に対して抵抗力を持ってしまい、薬が効かなくなる問題です。その一因として、畜産業における抗生物質の過剰または不適切な使用が指摘されています。こうした背景から、欧州では「ICASA(Improving CI/CD in Critical Automated Systems)」と名付けられた研究プロジェクトが開始されました。このプロジェクトは、牛や豚の飼育現場において、疾病データや飼育環境データを活用し、抗生物質の使用を科学的根拠に基づいて「適正化(refine)」することを目指しています。

食品製造業におけるサプライチェーン上のリスク

日本の製造業、特に食品メーカーにとって、この動きは決して対岸の火事ではありません。原材料となる食肉の生産段階で薬剤耐性菌が広がれば、それは自社製品の安全性や品質を揺るがしかねない重大なサプライチェーン・リスクとなります。消費者の食の安全に対する意識は年々高まっており、原材料の生産プロセスまで含めたトレーサビリティと安全性の担保は、企業の信頼性を維持する上で不可欠です。調達部門や品質保証部門は、自社のサプライヤーがAMR問題に対してどのような対策を講じているかを把握し、連携していく必要があります。

「削減」ではなく「適正化」というアプローチの重要性

ICASAプロジェクトが目指しているのが、単なる抗生物質の「使用削減」ではなく、「適正化」である点は非常に示唆に富んでいます。これは、家畜の健康状態をデータで正確に把握し、本当に必要な場合にのみ、適切な種類と量を投与するという考え方です。これは、製造業における品質管理の思想と通じるものがあります。例えば、統計的工程管理(SPC)を用いてプロセスの異常を早期に検知し、根本原因に的を絞った対策を打つのと同じアプローチです。勘や経験に頼るのではなく、客観的なデータに基づいてプロセスを管理・改善するという姿勢は、業種を問わず生産性向上と品質安定の基本と言えるでしょう。畜産業界でも、IoTセンサーなどを活用した「精密家畜農業(Precision Livestock Farming)」が進んでおり、データに基づいた個体管理や環境制御は、製造業におけるスマートファクトリーの潮流と軌を一つにしています。

サステナビリティ(ESG)経営の視点から

薬剤耐性菌の問題は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目標3「すべての人に健康と福祉を」にも関連するグローバルな課題です。企業がサプライチェーン全体でこの問題に取り組むことは、企業の社会的責任(CSR)を果たし、ESG(環境・社会・ガバナンス)評価を高める上でも重要になります。原材料の調達方針において、AMR対策を考慮に入れることは、持続可能な事業活動の一環として、今後ますます求められるようになるでしょう。

日本の製造業への示唆

今回の欧州の事例から、日本の製造業、特に経営層や品質管理、調達、生産技術に関わる方々が得られる示唆を以下に整理します。

1. サプライチェーン全体を俯瞰したリスク管理の徹底
自社の管理範囲だけでなく、原材料の生産プロセスにまで視野を広げ、潜在的なリスクを評価・管理する体制が重要です。サプライヤーとの定期的な情報交換や、監査などを通じて、品質や安全性に関する取り組みを確認し、協働して改善を進める姿勢が求められます。

2. データ駆動型プロセス管理の深化
製造現場におけるIoTやセンサー技術の活用は進んでいますが、得られたデータをどのように分析し、プロセスの「最適化」に繋げるかが今後の課題です。異業種である畜産業の先進的な取り組みも参考にしながら、自社のプロセス管理をより科学的、論理的なものへと進化させていく必要があります。

3. 「最適化」を目指す思考への転換
コスト削減や不良率低減といった目標も重要ですが、なぜその問題が起きるのかという本質を問い、データに基づいて「あるべき姿」や「最適な状態」を定義し、そこへ向けてプロセスを改善していくアプローチが、持続的な競争力の源泉となります。抗生物質の「適正化」という考え方は、あらゆる生産活動における資源や手間の使い方を見直す上で、有効な視点を与えてくれます。

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