製薬大手アステラス製薬の製造担当役員が掲げる指針は、医薬品業界に限らず、変化の時代に直面する日本の製造業にとって重要な示唆を与えてくれます。本記事では、同社の取り組みから、これからの製造部門が果たすべき役割について考察します。
はじめに:製造部門の「北極星」
アステラス製薬の最高製造責任者(CMO)であるラオ・マントリ氏は、自部門が目指すべき指針、いわば「北極星」として2つの重要な柱を掲げています。それは「信頼性の高い供給」と「研究開発と生産の橋渡し」です。この考え方は、単に製品を効率的に作るという従来の製造部門の役割を超え、企業全体の価値創造にどう貢献していくかという、より戦略的な視点を示すものです。これは、業種を問わず、日本の多くの製造業関係者が自身の業務を振り返る上で、非常に参考になる考え方と言えるでしょう。
指針1:あらゆる事業の根幹となる「信頼性の高い供給」
マントリ氏が第一に挙げる「信頼性の高い供給」は、製造業における最も基本的かつ重要な使命です。特に医薬品のように人の生命に直結する製品においては、必要なときに必要な量の製品を、常に安定した品質で患者様のもとへ届けることが絶対的な前提となります。これは、我々日本の製造業が長年培ってきた「品質は工程で作り込む」「納期遵守」といった思想と完全に一致します。近年、自然災害や地政学リスクによりサプライチェーンの脆弱性が露呈する中で、顧客からの信頼の源泉である安定供給体制をいかに強靭なものにするか、その重要性は増すばかりです。基本に立ち返り、自社の供給体制を改めて見直すことの価値は計り知れません。
指針2:革新を形にする「研究開発と生産の橋渡し」
マントリ氏が特に重視しているのが、2つ目の「研究開発(R&D)と生産の橋渡し」です。研究室で生まれた画期的なアイデアや技術を、いかにして商業ベースの安定した生産プロセスに落とし込むか。これは、多くの企業が「死の谷」と呼ぶ、非常に難易度の高い課題です。アステラス製薬では、遺伝子治療や細胞治療といった新しい治療法(モダリティ)の開発に注力していますが、これらは従来の医薬品とは製造プロセスが根本的に異なります。研究段階の極めて小規模な製造方法を、グローバルに供給可能な規模へとスケールアップさせるプロセスには、生産技術部門の深い知見と開発部門との緊密な連携が不可欠です。この課題は、新素材やIoT、AIといった新技術を自社の量産ラインに導入しようとしている日本の製造現場にとっても、他人事ではありません。開発の初期段階から生産技術者が関与し、量産を見据えた製品設計・プロセス設計(Design for Manufacturability)を推進することの重要性が、ここから読み取れます。
変化に対応する生産ネットワークの最適化
アステラス製薬は、新製品の上市や既存製品の需要変動に対応するため、グローバルに展開する生産ネットワークの最適化にも取り組んでいます。どの工場で、どの製品を、どれだけ生産するのか。製品ポートフォリオの変化に合わせて生産体制を柔軟に見直すことは、企業の収益性を維持・向上させる上で極めて重要です。これは、多品種少量生産へのシフト、マスカスタマイゼーションへの対応、あるいは生産拠点の再編といった課題に直面する日本の製造業にとっても、共通のテーマです。自社の生産体制が、現在の市場環境や製品戦略に本当に適合しているのか、定期的に問い直す姿勢が求められます。
日本の製造業への示唆
アステラス製薬の事例から、我々日本の製造業が学ぶべき点は多岐にわたります。以下に要点を整理します。
1. 製造の原点回帰と再強化
顧客の信頼を繋ぎ止める「安定供給」と「高品質」は、いかなる時代においても製造業の根幹です。自社のサプライチェーンや品質保証体制に弱点はないか、今一度点検し、強靭化を図る必要があります。
2. 生産技術部門の戦略的役割
研究開発の成果を事業の収益に結びつける「橋渡し役」として、生産技術部門の役割はこれまで以上に重要になります。開発の上流工程から積極的に関与し、量産化の課題を先取りして解決していく体制の構築が、企業の競争力を左右します。
3. 動的な生産体制の構築
市場や製品構成の変化は、もはや常態です。固定化された生産ラインや拠点配置に固執するのではなく、変化に柔軟に対応できる動的な生産体制を目指すべきです。デジタル技術の活用は、その実現を後押しする強力なツールとなり得ます。
4. 「作るだけ」からの脱却
製造部門は、単なるコストセンターではなく、企業のイノベーションを具現化し、価値を創造する中核部門です。アステラス製薬のCMOが掲げる「北極星」のように、自部門の存在意義をより高く、より戦略的に再定義することが、これからの製造業には求められています。


コメント