昨今、AIが製造業を根底から変革すると大きな期待が寄せられています。しかし、約15年前にアディティブ・マニュファクチャリング(AM)が経験した熱狂と、その後の現実的な普及の道のりを振り返ることは、現在のAI導入を冷静に考える上で多くの示唆を与えてくれます。
現在のAIブームと、かつてのAMブームの類似性
現在、多くのメディアや専門家が、人工知能(AI)、特に生成AIが製造業に革命的な変化をもたらすと語っています。設計の自動化、予知保全の高度化、生産計画の最適化など、その応用範囲は無限であるかのように見えます。このような技術への高い期待感は、製造業に携わる我々にとって、決して初めての経験ではありません。
今から10年ないし15年ほど前、アディティブ・マニュファクチャリング(AM)、一般には3Dプリンティングとして知られる技術が、同様の熱狂的な注目を浴びました。「一家に一台3Dプリンター」「金型が不要になる」「誰もがメーカーになれる時代が来る」といった言葉が飛び交い、ものづくりのあり方が根本から覆されるかのような期待が寄せられていました。現在のAIに対する期待は、この時の状況と非常によく似ていると言えるでしょう。
技術の「ハイプサイクル」を理解する
新しい技術が登場した際、期待が先行し、やがて現実的な課題が認識され、最終的に安定した普及期に至るという一連の過程は、「ハイプサイクル」というモデルで説明されることがあります。これは一般的に、①新しい技術が登場する「黎明期」、②期待が頂点に達する「『過度な期待』のピーク期」、③課題が露呈し関心が薄れる「幻滅期」、④技術の有効性が理解され始める「啓発期」、そして⑤市場で安定的に活用される「生産性の安定期」という段階を辿ります。
AM技術も、まさにこのサイクルを経験しました。そして、この過去の事例は、私たちが今、AIという新しい技術とどう向き合うべきかを考える上で、貴重な教訓となります。
アディティブ・マニュファクチャリングが辿った道
AMが「過度な期待」のピークにあった頃、あたかもあらゆる部品が3Dプリンターで作られるようになるかのような論調が主流でした。しかし、製造現場の現実はそれほど単純ではありませんでした。材料の種類の制約、造形速度の遅さ、期待される寸法精度や強度の未達、表面の後処理の必要性、そして何よりも高いコストといった実務的な課題が明らかになるにつれ、市場の熱狂は急速に冷え込み、「幻滅期」を迎えました。
しかし、AM技術そのものが無価値になったわけではありません。幻滅期を経て、技術の特性や得手不得手が正しく理解されるようになりました。結果として、AMは「何でも作れる魔法の道具」ではなく、特定の領域で絶大な効果を発揮する「有効なツール」として、その地位を確立していきました。具体的には、開発段階でのラピッドプロトタイピング(高速試作)、生産ラインで用いる治具や工具の内製化、あるいは航空宇宙産業や医療分野における、複雑形状・高付加価値部品の少量生産といった領域で、着実に普及が進んでいます。これは、技術が「啓発期」を経て「生産性の安定期」へと移行したことを示しています。
AIの導入においてAMの経験から学ぶこと
AMの経験は、現在のAIブームに冷静な視点を与えてくれます。AIもまた、決して万能の解決策ではありません。導入を検討する際には、「AIで何ができるか」という技術中心の問いから始めるのではなく、「自社のどの課題を解決したいのか」という目的中心の視点を持つことが不可欠です。
例えば、AIによる外観検査を導入する場合でも、学習に必要な大量の良品・不良品データの準備、照明など検査環境の標準化、そしてAIが検出した結果を最終的に判断する人間の役割設計など、乗り越えるべき実務的なハードルは数多く存在します。AMが試作や治具といった、適用しやすい領域から現場に浸透していったように、AIもまた、効果が見えやすく、かつ既存の業務プロセスと連携させやすい部分からスモールスタートで導入し、知見を蓄積していくアプローチが賢明と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
アディティブ・マニュファクチャリングが辿ったハイプサイクルの道のりは、新しい技術と向き合う日本の製造業にとって、重要な指針を示しています。最後に、我々が学ぶべき点を整理します。
1. 技術の成熟度を冷静に見極める
新しい技術が登場した際、その喧伝に一喜一憂するのではなく、その技術がハイプサイクルのどの段階にあり、どのような実務的な課題を抱えているのかを冷静に評価することが重要です。
2. 「革命」ではなく「改善」から着手する
「すべてを自動化する」といった壮大な目標を掲げる前に、まずは自社の特定の課題、例えば検査工程の負荷軽減や、熟練技術者のノウハウの形式知化など、具体的で現実的なテーマから着手することが成功の鍵となります。AMが治具の内製化でコストとリードタイムを削減したように、AIもまた地道な改善活動の強力なツールとなり得ます。
3. 長期的な視点で技術と付き合う
一時的な幻滅期が訪れたとしても、その技術の可能性を見限るべきではありません。技術が成熟し、コストが下がり、周辺技術が整うことで、以前は不可能だった活用法が見えてくることもあります。継続的な情報収集と、自社での適用可能性の検証を続ける姿勢が求められます。
4. 技術はあくまで「手段」である
最も重要なことは、AMもAIも、それ自体が目的ではないという認識です。私たちの目的は、より良い製品を、より効率的に、より安定して顧客に届けることです。技術は、その目的を達成するための数ある手段の一つに過ぎません。この本質を見失わず、地に足の着いた技術活用を進めていくことが、日本の製造業の競争力を維持・強化していく上で不可欠と言えるでしょう。


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