独製薬大手と米企業が、必須医薬品エピネフリンの米国内での一貫生産を発表しました。この動きは、経済安全保障の観点から重要物資のサプライチェーンを見直す世界的な潮流を象徴しており、日本の製造業にとっても示唆に富む事例です。
概要:必須医薬品のサプライチェーンを国内に
ドイツの製薬・医療機器大手フレゼニウス・カビ社と、米国の製薬企業Phlow社は、救急医療に不可欠な医薬品であるエピネフリンについて、原薬(API)から最終製剤までを米国内で一貫生産する体制を構築するための提携を発表しました。これは、近年のパンデミックや地政学的な緊張の高まりを受け、重要物資のサプライチェーンを国外の特定地域に依存するリスクを低減し、国内での安定供給能力を確保しようとする動きの一環です。
垂直統合による強靭な生産体制
今回の提携の核心は、これまでグローバルに分散されていた医薬品の製造工程を、米国内に集約し「垂直統合」する点にあります。具体的には、Phlow社がバージニア州の施設で先進的な製造技術を用いてエピネフリンの原薬を生産し、フレゼニウス・カビ社がノースカロライナ州の工場で最終的な注射剤として製造します。これにより、原材料の調達から最終製品の出荷までが国内で完結し、外部環境の変化に強い、強靭(レジリエント)なサプライチェーンが実現されることになります。
日本の製造業、特に自動車やエレクトロニクス業界では、系列企業内での部品から最終組立までの一貫生産体制は、品質と納期の安定化に貢献するモデルとして長年培われてきました。しかし、グローバル化の進展とともにコスト最適化を追求した結果、多くの企業で生産工程の水平分業が進みました。今回の事例は、医薬品という国民の生命に直結する分野において、改めて国内での一貫生産体制の戦略的価値が見直されていることを示しています。
経済安全保障という新たな潮流
この動きは、単なる一企業の事業戦略にとどまりません。米国政府は、重要医薬品の国内生産能力の強化を国家安全保障上の重要課題と位置づけており、今回の提携もその政策的な後押しを受けていると考えられます。これは、半導体や蓄電池、重要鉱物など、他の戦略物資においても同様の傾向が見られます。
日本においても、経済安全保障推進法が施行され、特定重要物資の安定供給確保が図られています。製造業各社は、自社の製品や技術がこうした国の戦略の中でどのような位置づけにあるのかを把握し、サプライチェーンの再構築や国内生産拠点の強化を検討することが、今後の事業継続において重要な経営課題となりつつあります。
日本の製造業への示唆
今回の米医薬品業界の事例は、日本の製造業に携わる我々にいくつかの重要な視点を提供します。
1. サプライチェーンリスクの再評価と多様化
コスト効率一辺倒で構築されたグローバルサプライチェーンの脆弱性が露呈する中、供給の安定性・継続性を最優先に置いたリスク評価が不可欠です。特定国・地域への依存度が高い部品や原材料については、調達先の複数化(デュアルサプライヤー)、近隣国への生産移管(ニアショアリング)、そして国内生産への回帰(オンショアリング)といった選択肢を具体的に検討すべき時期に来ています。
2. 国内一貫生産(垂直統合)モデルの価値再発見
海外の特定工程に依存している製品群について、国内での一貫生産体制に切り替えることのメリットを再検討する好機です。リードタイムの短縮、輸送コストの削減、品質管理の高度化、そして何よりも国内での技術・技能の承継といった、コスト以外の価値を総合的に評価する必要があります。
3. 経済安全保障を事業機会と捉える視点
政府が推進する重要物資の国内生産強化は、対象となる製造業にとっては新たな事業機会となり得ます。補助金などの政策支援を活用しつつ、自社の持つ生産能力や技術を活かして国のサプライチェーン強靭化に貢献することは、企業の社会的責任を果たすと同時に、安定した事業基盤を築くことにも繋がります。
4. 国内生産におけるコスト競争力の確保
国内回帰は、人件費やエネルギーコストの上昇という課題を伴います。これを克服するためには、IoTやAIを活用したスマートファクトリー化、徹底した自動化・省人化への投資が不可欠です。単に生産場所を国内に戻すだけでなく、より高度で生産性の高い「新しいものづくり」の形を構築することが求められます。


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