多くの企業がリスク管理の重要性を認識していますが、その取り組みが直接的な業績向上に結びつくかは、必ずしも自明ではありません。近年の研究では、リスク管理の効果は「サプライチェーンの統合度」や「国際的な資産の分散度」といった条件によって大きく左右されることが示唆されています。
研究の背景:リスク管理と企業業績の複雑な関係
自然災害や地政学的リスク、パンデミックなど、現代の製造業を取り巻く環境は不確実性に満ちています。こうした状況下で、サプライチェーンの途絶を防ぎ、事業を継続させるためのリスク管理は、経営の必須科目と言えるでしょう。しかし、BCP(事業継続計画)の策定や代替サプライヤーの確保といった活動は、コストや工数を要する「守りの投資」と見なされがちです。果たして、リスク管理への取り組みは、企業の財務的なパフォーマンス向上に本当に貢献するのでしょうか。この問いに対し、ある研究は「どのような条件下でリスク管理が有効に機能するのか」という、より深い視点から分析を行っています。
分析の鍵を握る2つの要因
この研究では、リスク管理と企業業績の関係を左右する調整要因として、特に以下の2点に注目しています。
1. サプライチェーン統合(Supply Chain Integration)
これは、主要なサプライヤーとの間で、どれだけ密接に情報共有や共同計画、プロセスの連携が行われているかを示す度合いです。例えば、需要予測データをリアルタイムで共有したり、新製品開発の初期段階からサプライヤーを関与させたりといった活動が挙げられます。統合度が高いほど、予期せぬ変化に対してサプライヤーと一体となって迅速に対応できると考えられます。
2. 国際的な資産分散(International Asset Dispersion)
これは、企業の工場や倉庫、販売拠点といった経営資源が、地理的にどれだけ広く世界中に分散しているかを示す指標です。資産を国際的に分散させることは、特定地域での災害や政治的混乱のリスクをヘッジする効果が期待できます。一方で、サプライチェーンが長大化・複雑化し、管理の目が行き届きにくくなるという新たな課題も生み出します。
分析から見えてくる実務的な示唆
研究結果を平易に解釈すると、次のような関係性が見えてきます。まず、リスク管理活動が企業業績の向上に最も強く結びつくのは、「サプライチェーン統合」が進んでいる企業である可能性が高い、という点です。サプライヤーとの信頼関係が構築され、情報が円滑に流れる仕組みがあれば、リスクの兆候を早期に察知し、共同で対策を講じることができます。単独でリスク管理計画を策定するよりも、はるかに実効性が高まるのは想像に難くありません。
一方で、「国際的な資産分散」が進んでいる企業の場合、その関係はより複雑になります。資産がグローバルに分散していると、各拠点の状況把握や統制が難しくなり、全社的なリスク管理の取り組みが浸透しにくくなる可能性があります。また、資産分散そのものが一種のリスクヘッジとして機能するため、追加的なリスク管理活動が業績に与えるプラスの効果が見えにくくなる側面も考えられます。つまり、グローバル化を進める企業ほど、各拠点との連携を密にし、標準化されたリスク管理プロセスを徹底することが、より一層重要になると言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の研究結果は、日本の製造業の現場や経営にとって、いくつかの重要な示唆を与えてくれます。
1. リスク管理は「サプライヤーとの共同作業」と捉える
BCPの策定やリスク評価を自社内だけで完結させるのではなく、主要なサプライヤーを巻き込んだ活動へと昇華させることが重要です。定期的な情報交換会や共同での机上訓練などを通じて、有事の際に「あうんの呼吸」で連携できる関係を平時から構築しておくことが、リスク管理の効果を業績に繋げる鍵となります。
2. グローバル展開における「連携の仕組み」を再点検する
海外に生産拠点や販売網を広げる際には、単に物理的に資産を分散させるだけでなく、各拠点と本社、あるいは拠点間での情報連携やガバナンスの仕組みを同時に設計する必要があります。リスク情報を迅速に吸い上げ、全社で共有・対策を講じるための仕組みがなければ、分散した資産が逆に管理上の弱点となりかねません。
3. リスク管理を「コスト」から「競争力強化の投資」へ
サプライヤーとの統合を深めながら行うリスク管理は、単なる守りの活動に留まりません。それは、サプライチェーン全体の柔軟性(レジリエンス)と効率性を高め、顧客への安定供給という信頼を勝ち取るための戦略的な投資です。経営層は、この視点からリスク管理の価値を再評価し、必要な資源を投下していくことが求められます。


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