一見、製造業とは無関係に思える映画産業の動向ですが、そのグローバルな制作体制は、我々のサプライチェーン戦略や海外拠点運営に多くの示唆を与えてくれます。本記事では、映画制作のハブとして注目されるモロッコの事例から、これからの海外生産拠点選定で考慮すべき要点を解説します。
はじめに:異業種から学ぶ拠点戦略
グローバル化が進む中、生産拠点の最適化は製造業にとって永遠の課題です。我々はこれまで、人件費や物流コスト、税制といった要素を主軸に海外拠点を評価してきました。しかし、近年、サプライチェーンの複雑化や地政学リスクの高まりを受け、従来とは異なる視点が求められています。今回は、映画制作という異業種の事例を通じて、今後の海外拠点戦略を考えるヒントを探ってみたいと思います。
モロッコが「世界の撮影スタジオ」となる理由
元記事によれば、北アフリカのモロッコが、世界中の映画・映像制作会社からロケ地として大きな注目を集めています。その魅力は、単に雄大な自然や特徴的な街並みといった「ロケーション」の良さだけではありません。主に以下の3つの要素が、グローバルなプロジェクトを惹きつけていると分析できます。
- 多様なロケーション(立地・インフラ):砂漠から山岳、古い街並みまで多様な撮影環境を提供できる地理的優位性。
- 熟練した人材(労働力):経験豊富な現地の制作スタッフや技術者が育っており、品質の高い作業を期待できる。
- 政府の支援(投資インセンティブ):制作費の一部を還付する「キャッシュリベート」と呼ばれる補助金制度を整備し、投資を積極的に誘致している。
これらは、我々製造業が海外工場を建設する際に検討する「立地条件・インフラ」「労働力の質と量」「税制優遇や補助金」といった評価軸と、本質的に何ら変わりません。重要なのは、これらの要素が複合的に機能することで、初めて拠点としての魅力が生まれるという点です。
コストだけではない「現場の総合力」という価値
記事では、現地の専門能力として、制作管理、会計、建設、美術部門といった多岐にわたる分野が挙げられています。これは、単に言われた作業をこなす労働者がいるだけでなく、プロジェクト全体を円滑に運営・管理できる「現場の総合力」が現地に根付いていることを示唆しています。
製造業に置き換えてみましょう。ある国の人件費が安くても、品質管理のレベルが低かったり、設備の保全ができる技術者がいなかったり、あるいは部材の現地調達が困難であったりすれば、工場は円滑に稼働しません。製品の立ち上げから量産、品質保証、コスト管理まで、一連のプロセスを現地で完結させられる能力、いわば「現地完結力」とも言える総合的な地力が、今後は拠点選定の重要な判断材料となるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の映画産業の事例は、日本の製造業が今後のグローバル戦略を考える上で、いくつかの重要な視点を提供してくれます。
コスト以外の多角的な評価軸を持つ
人件費や税率といった数値化しやすいコスト要因だけでなく、現地の技術者層の厚み、関連産業の集積度、行政手続きの円滑さといった、定性的ではあるもののプロジェクトの成否を左右する「現場の総合力」をより重視すべきです。現地のパートナー企業や業界団体との対話を通じて、こうした実態を深く理解することが求められます。
「現地完結能力」がサプライチェーンの強靭性を高める
不確実性が高まる時代において、サプライチェーンの強靭性(レジリエンス)は経営の重要課題です。問題が発生した際に、本社の指示を待つだけでなく、現地の判断で迅速に対応できる人材や体制が整っている拠点は、それ自体が大きな競争優位性となります。人材育成への投資も含め、拠点の「自律性」を高めていく視点が不可欠です。
各国の産業育成策を戦略的に活用する
モロッコのキャッシュリベート制度のように、世界各国の政府は特定の産業を誘致・育成するために様々なインセンティブを用意しています。自社の事業領域と合致する国の政策を注意深く調査し、それを戦略的に活用することで、投資効率を最大化できる可能性があります。各国の政策動向を継続的に監視する仕組みも重要になるでしょう。


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