製造・物流・建設・研究所などの現場で、EHS(Environment, Health, Safety)は経営リスクと直結します。突発事故・労災・環境不適合はコストだけでなくレピュテーションを毀損します。
このガイドは、EHS担当者・スペシャリスト・マネージャーの要件定義→募集→選考→内定→オンボーディングまで、現場でそのまま使えるチェックリストを提供します。
役割の定義とスコープ確認(ジョブスコープ・責任範囲)
- カバー範囲:安全(労働安全・設備安全)/衛生(労働衛生・作業環境)/環境(ISO14001、廃棄物、化学物質、エネルギー)
- 対象拠点:工場、倉庫、建設現場、研究施設、本社(統括機能)
- マネジメント範囲:単一拠点担当/複数拠点の横断/グローバルとの連携有無
- 標準・規格:ISO 45001/ISO 14001/ISO 9001/企業独自基準や顧客監査対応
- KPI:LTIFR/TRIR/重大事故ゼロ/是正処置クローズ率/教育受講率/CO₂・エネルギー・廃棄物・水使用の改善率
- 権限:ライン停止権限、外部監査時の代表対応、是正要求の発出権限
求人票に必ず明記する事項(ミスマッチ防止)
- ミッションと成功指標(例:重大災害ゼロ、LTIFR 〇以下、外部監査A評価)
- スコープの明示(担当拠点数、対象プロセス、直レポートの有無)
- 必須・歓迎スキル(法令対応、化学物質管理、RCFA、教育設計、監査)
- 取り扱い規格・ツール(ISO 45001/14001、RISK ASSESSMENT、SDS/PRTR、LOTO、HAZOP、JSA、KYT)
- 勤務形態(現場常駐・出張頻度・夜間呼び出しの有無)
- キャリアパス(スペシャリスト/マネジメント)と評価の基準
- 安全文化に関する経営のコミットメントと投資方針
必須・歓迎資格の棚卸し(日本で一般的な例)
- 衛生管理者(第一種/第二種)
- 作業環境測定士、労働安全コンサルタント/労働衛生コンサルタント
- 危険物取扱者(乙種/甲種)、公害防止管理者
- 有機溶剤作業主任者、特定化学物質及び四アルキル鉛等作業主任者、酸欠・硫化水素危険作業主任者
- 高圧ガス製造保安責任者、電気主任技術者、ボイラー技士(事業に応じて)
- ISO 45001/ISO 14001 内部監査員、環境計量士 など
※業界・設備により必須要件は異なります。必須と歓迎を分けて明記し、入社後の取得支援制度も併記します。
書類選考チェックリスト(経験の粒度を見極める)
- 事故・災害の再発防止を主導した実績(是正・予防処置、効果検証のサイクル)
- リスクアセスメントの網羅性(設備・化学・作業・交通・自然災害)と優先度付けの根拠
- 法令順守体制の運用(法令リスト更新、定期点検、監査・是正のクローズ)
- 教育設計・訓練(新規入場者教育、年次教育、ハイリスク作業トレーニング)
- 事故・ニアミスのKPI管理とダッシュボード整備、経営報告の経験
- サプライヤー・工事業者の安全管理(入構基準、評価、指導・是正)
- 化学物質・SDS・PRTR・廃棄物の管理、緊急時対応計画(化学漏えい・火災・自然災害)
- 監査対応(顧客監査、第三者認証、行政対応)の改善ストーリー
- 多拠点・海外と連携した標準化やベストプラクティス展開
面接質問集(コンピテンシー別)
事故・インシデント対応
- 最近主導した重大・軽微インシデントのケースを、事実→原因分析(RCFA)→是正策→効果検証まで具体的に説明してください。
- 応急対応と恒久対策の優先順位をどう判断しましたか。利害関係者の利害衝突はどう調整しましたか。
リスクアセスメント
- 新規設備導入時のリスクアセスメントの進め方を、参加者、手法(JSA/HAZOP等)、アウトプットで説明してください。
- 既存工程のリスクを数値化し、投資判断に繋げた事例はありますか。
安全文化・教育
- ヒヤリハット報告を増やした施策と、質の担保方法を教えてください。
- 現場の抵抗を伴うルール改定で、合意形成を進めたプロセスは。
法令・監査
- 法令順守評価で不適合が出た際の、是正処置の設計とフォローアップをどう仕組化しましたか。
- 顧客監査での難問と、その場での対応・根回し・事後改善を具体的に。
環境領域(ISO 14001、化学・廃棄物)
- 化学物質管理(SDS、保管、代替提案)の改善事例を挙げてください。
- 廃棄物・エネルギー・水使用のKPI改善で投資対効果を示した例は。
リーダーシップ・コミュニケーション
- ライン停止権限を行使した経験はありますか。判断基準と事後の関係修復をどう設計しましたか。
- 経営・現場・サプライヤーの三者で利害が異なる状況をどうファシリテートしましたか。
実技・ケース課題(そのまま出題可能)
- 危険源認識:工程レイアウト図または現場写真を提示し、危険源洗い出し→リスク評価→是正案を短時間で作成
- 事故報告レビュー:架空の事故報告書を渡し、原因の層別と是正・予防処置、KPIモニタリング案を作成
- 監査ロールプレイ:内部監査の想定質問に対して、根拠資料と是正計画を提示
- 教育設計:新規入場者向け30分の安全教育スライドの目次を作成(評価ポイント:現場適合、行動変容、測定方法)
評価表の観点(合計100点の例)
- 技術・規格知識(ISO 45001/14001、法令、手順):20
- 分析・改善力(RCFA、リスク低減、KPI設計):25
- 実装力(現場展開、是正のクローズ、標準化):25
- リーダーシップ・合意形成:20
- コミュニケーション・教育設計:10
スコアは目安です。重大リスクを止められる胆力と判断軸は加点評価とし、面接官間での採点基準すり合わせを行います。
レッドフラッグ(早期見極めポイント)
- 事故対応で数字やエビデンスが出てこない
- 是正処置が「教育・注意喚起」に偏り、工学的対策が乏しい
- 監査・法令対応で防御的で、改善サイクルが語られない
- 現場との関係構築や反対意見の扱いに具体性がない
- KPIが見た目の達成に寄り、リスク実態との整合が取れていない
オファー・雇用条件で確認すべきこと
- ライン停止権限やエスカレーションの明文化
- 安全投資・治具改善の予算枠、意思決定のリードタイム
- 教育時間の確保、内部監査・是正活動の優先度
- 出張・夜間呼出・休日対応の頻度と代休運用
- 資格取得・外部研修の補助、倫理通報・内部通報の体制
30/60/90日のオンボーディング例
- 30日:主要リスク・KPI・法令リストの棚卸し、トップリスクの是正計画草案、緊急時連絡網の確認
- 60日:高リスク工程の対策実装、教育の初回実施、監査準備のギャップ是正
- 90日:是正処置のクローズ率向上、ニアミス報告の増加、ダッシュボードの定例化、経営レビューで次四半期の重点を合意
中途・新卒・派遣の使い分けメモ
- 中途即戦力:監査・是正・投資判断をリードさせ、短期KPIを担う
- 新卒・若手:現場巡回・教育設計・データ整備からスタートし、半年で小規模改善を主導
- 派遣・外部専門家:短期の法令リスト整備、測定・評価、監査準備でギャップクローズに活用
よくある質問(FAQ)
EHS・HSE・SHEの違いはありますか?
呼称の違いで本質は同じです。組織文化や海外グループの慣例で並び順が変わるだけです。
ISO 45001/14001の内部監査員は必須ですか?
認証維持や顧客要求がある場合は歓迎要件。未取得でも入社後の取得支援を明記すると母集団が広がります。
小規模拠点でも専任は必要ですか?
専任が難しくても、権限移譲と兼務体制の明確化、監査・教育・是正のサイクルを回せる設計が不可欠です。
すぐ使える「採用チェックリスト」(コピー用)
要件定義
- スコープ(拠点数・業務領域)
- KPIと成功状態
- 必須資格/歓迎資格
- 使用規格・手法・ツール
- 権限と意思決定のレベル
書類選考
- 事故対応の成果と数値
- リスクアセスメントの質
- 法令・監査の運用実績
- 教育・現場展開の実装力
- 多拠点・海外連携の標準化
面接・課題
- RCFA事例の深掘り
- リスク低減の投資対効果
- 教育設計の再現性
- 監査ロールプレイの即応力
内定・条件
- 停止権限・予算・優先度
- 勤務形態と呼出運用
- 資格・研修補助
- オンボーディング計画
入社後90日
- トップリスク是正のクローズ
- 教育・監査の定例化
- KPIダッシュボード運用
- 次期重点の合意
採用を成功させる決め手は、“危険源を止められる判断軸”を持つ人材を、明確な権限とKPIで迎え入れることです。本チェックリストを叩き台に、現場の実情へ最適化してください。
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