米製薬大手ギリアド・サイエンシズ社の新薬開発事例は、製品の市場投入を成功させる上で、研究開発の初期段階から製造部門が関与することの重要性を改めて示しています。これは、製薬業界に限らず、日本の多くの製造業にとっても示唆に富むものです。
はじめに:製品化の鍵を握る製造部門
米国の製薬大手ギリアド・サイエンシズ社は、年2回の投与で済むHIV予防の新薬「Yeztugo」の市場投入を進めています。海外メディアFierce Pharmaの報道によれば、同社の製造部門責任者であるステイシー・マー氏は、この新薬開発プロジェクトの成功において製造が重要な鍵であったと語っています。特に注目すべきは、研究開発(R&D)の「当初から」、製造プロセスや量産化(スケールアップ)に関する検討を織り込んでいたという点です。
研究開発と生産技術の「フロントローディング」
マー氏の言う「当初から織り込む」というアプローチは、日本の製造業で長年重視されてきた「コンカレント・エンジニアリング」や「フロントローディング」の思想と軌を一にするものです。これは、製品開発の初期段階、つまり上流工程に、生産技術や品質保証といった後工程の知見を積極的に投入し、量産時の問題を未然に防ぐ考え方です。いわゆるDFM(Design for Manufacturability:製造容易性設計)の考え方とも言えるでしょう。
開発の後期段階で製造上の課題が発覚した場合、設計変更などの手戻りが生じ、開発スケジュールの遅延やコスト増大に直結します。特に、Yeztugoのような全く新しいタイプの製品(長時間作用型注射剤)では、既存の製造プロセスや設備が適用できない可能性も高く、開発と並行して生産技術を確立していく必要があります。だからこそ、開発の初期から製造部門がプロジェクトに深く関与し、量産を見据えた製品設計やプロセス開発を進めることが極めて重要になるのです。
なぜ早期連携が不可欠なのか
多くの製造現場では、研究開発部門と製造部門の間に組織的な壁が存在しがちです。開発部門は革新的な機能や性能を追求する一方で、製造部門は安定した品質とコストでの量産を求めます。この目的の違いから、開発部門から渡された図面が「いざ作ろうとすると、非常に作りにくい」「品質が安定しない」といった問題が発生することは少なくありません。
ギリアド社の事例は、このような部門間のサイロ化を乗り越え、プロジェクトの初期から共通のゴール(=高品質な製品を、安定的に、適切なコストで市場に届けること)に向かって協働することの価値を示しています。研究開発部門が持つ製品への深い理解と、製造部門が持つ生産プロセスに関する知見を早期に融合させることで、開発の手戻りをなくし、市場投入までの時間を短縮し、製品の競争力を高めることができるのです。
日本の製造業への示唆
今回のギリアド社の事例は、業種を問わず、日本のすべての製造業にとって重要な示唆を与えてくれます。改めて整理すべき要点は以下の通りです。
1. 部門横断的な連携体制の構築:
研究開発、生産技術、製造、品質保証といった各部門が、プロジェクトの初期段階から一つのチームとして機能する体制を構築することが求められます。単なる情報共有の場ではなく、意思決定に各部門が関与する仕組みが重要です。経営層は、このような部門間の壁を取り払う組織文化の醸成を主導すべきでしょう。
2. 生産技術部門の役割の再定義:
生産技術部門は、開発部門から設計を受け取ってから生産準備を始める「後工程」の担当者ではありません。開発の上流工程に積極的に関与し、「どうすれば安定して作れるか」「どのような設計にすれば品質が確保しやすいか」といった製造現場の視点をフィードバックする、重要な役割を担うべきです。そのための技術力と提案力が、今後の生産技術者には一層求められます。
3. 経営層の強いリーダーシップ:
開発のフロントローディングや部門横断的な連携は、各部門の利害が対立することもあり、現場の努力だけでは限界があります。製品開発プロセス全体を俯瞰し、全社最適の視点からこのような連携を強力に推進する、経営層の強いリーダーシップが不可欠です。


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