先日、ある外資系金融大手の求人情報に「Production Management」という職務名が記載されていました。製造業の我々にとって「生産管理」は馴染み深い言葉ですが、これはITシステムの本番環境の安定稼働を担う重要な役割を指します。本稿では、この異業種の事例から、現代の製造業におけるITシステムの役割について考察します。
金融業界における「Production Management」の役割
今回注目したのは、金融サービス大手アメリカン・エキスプレスの技術運用部門における上級管理職の求人です。その職務名は「Vice President, Tech Operations, Production Management Application Support」と非常に長いものですが、要約すると「ITシステムの本番環境(Production Environment)で稼働するアプリケーションの安定稼働とサポートを統括する責任者」となります。
ここで言う「Production」とは、製品の「生産」ではなく、実際にサービスが提供されているITシステムの「本番環境」を指す言葉です。金融機関において、決済システムや取引システムが一時でも停止すれば、莫大な金銭的損失と深刻な信用の失墜に繋がります。そのため、システムの安定稼働を維持・管理する「Production Management」は、事業継続の根幹をなす極めて重要な機能と位置づけられているのです。その業務は、システムの常時監視、障害発生時の迅速な復旧対応、変更管理、性能改善など多岐にわたると考えられます。
製造業の「生産管理」との共通点と相違点
このIT業界の「Production Management」は、我々製造業の「生産管理」と対比すると、その本質がより深く理解できます。両者には多くの共通点があります。
まず、計画通りに安定して稼働させるという責務です。生産管理が生産計画に基づきラインの安定稼働を目指すように、ITのProduction Managementもサービスレベルアグリーメント(SLA)に基づきシステムの安定稼働を目指します。また、品質を維持し、問題発生時には迅速に原因を究明して対策を講じる点も同様です。工場の設備トラブル対応と、システムの障害対応は、対象が物理的な機械かデジタルなソフトウェアかの違いはあれど、問題解決のプロセスは非常に似ています。
一方で、大きな相違点はその変化のスピードにあります。特に近年のIT業界では、DevOpsに代表されるように、開発と運用が一体となり、アプリケーションの更新や新機能のリリースが日々、あるいは一日に何度も行われることがあります。これは、製造ラインの設備変更や工程変更のサイクルとは比較にならないほどの速さです。この高速な変化に対応しながら安定性を維持するという、高度な管理能力が求められます。
スマートファクトリー化が進む製造現場への示唆
なぜ、この異業種の事例が日本の製造業にとって重要なのでしょうか。それは、工場のスマートファクトリー化やDX(デジタルトランスフォーメーション)が進むにつれて、製造業もまた、ITシステムの安定稼働が事業の生命線となりつつあるからです。
かつて工場のITシステムは、生産を「支援する」ツールでした。しかし現在では、MES(製造実行システム)や生産スケジューラ、SCM(サプライチェーン管理)システムなどが停止すれば、生産ラインそのものが止まってしまいます。また、収集したデータを活用して品質改善や予知保全を行う仕組みも、ITインフラが安定して稼働していることが大前提です。もはや工場のITシステムは、単なる間接部門の管轄事項ではなく、生産設備そのものと同等の重要性を持つ「基幹インフラ」と捉えるべき時期に来ていると言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の事例から、日本の製造業が実務に活かすべき示唆を以下に整理します。
1. 工場のITシステムを「生産設備」として管理する視点
サーバーやネットワーク、業務アプリケーションを、工場の生産設備と同じレベルで捉え、その稼働率や信頼性を管理する意識が不可欠です。情報システム部門任せにするのではなく、工場長や生産技術部門が主体的に関与し、安定稼働に向けた投資や人材育成を計画的に進める必要があります。
2. システムの安定稼働を担う専門人材・チームの重要性
これからの工場運営では、生産技術の知識とITインフラの知識を併せ持つ人材がますます重要になります。金融業界が「Production Management」という専門職を置くように、製造現場においても、ITシステムの安定稼働に責任を持つ専門チームの設置や、外部の専門家の活用を検討すべきでしょう。IT業界のSRE(Site Reliability Engineering)のような、信頼性向上のための先進的な考え方を取り入れることも有効です。
3. 異業種のベストプラクティスに学ぶ姿勢
金融や通信といった、社会インフラとして高い可用性が求められる業界のシステム運用管理手法には、製造業が学ぶべき点が数多く存在します。障害対応のプロセス、変更管理のルール、リスク評価の手法など、自社の工場運営に応用できる知見を積極的に探求する姿勢が、将来の競争力を左右するかもしれません。


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