今回は、直接的には製造業とは異なる映像制作業界の管理職のスキルセットに関する記事をもとに、日本の製造業における生産統括責任者、すなわち工場長や生産本部長に求められる役割について考察します。一見、無関係に思える業界の知見にも、我々の現場運営を改善するための普遍的なヒントが隠されています。
複合的な課題を裁定する「エスカレーションポイント」としての役割
元記事では、プロダクション・エグゼクティブが「複雑な編集上・財務上の問題における主要なエスカレーションポイント(上申先)として機能する」と述べられています。これは、製造業の現場における工場長や生産本部長の役割と深く通じるものがあります。製造現場では、品質問題、設備トラブル、納期遅延、コスト超過、労務問題など、単一の部門だけでは解決が困難な複合的な問題が日常的に発生します。例えば、ある製品の品質問題が、設計部門の仕様、生産技術部門の工程設計、製造部門の作業、あるいは購買部門が調達した部品のいずれに起因するのか、判断が難しいケースは少なくありません。このような部門間の利害が対立しかねない問題において、現場の各担当者や課長レベルでは最終的な判断を下すことが困難です。こうした状況において、より上位の責任者、すなわち工場長などが、事実関係を正確に把握し、工場全体あるいは事業全体の最適解を導き出す最終的な意思決定者(エスカレーションポイント)としての役割を担うことが不可欠となります。
現場と経営をつなぐ「翻訳者」としての機能
生産統括責任者は、現場の最上位の管理者であると同時に、経営層に対して現場の状況を報告し、経営判断を仰ぐ立場にもあります。この時、単に現場で起きている事象をそのまま伝えるだけでは、その重要性や経営へのインパクトが正しく伝わらないことがあります。例えば、「Aラインの設備で異音が発生し、稼働率が5%低下している」という現場の言葉を、「Aラインの設備不調により、製品Xの生産計画に遅延が生じ、今月の売上目標に対し5,000万円の未達リスクがあります。対策として、緊急メンテナンスに200万円の予算が必要です」といったように、経営層が理解できる財務・事業上の言葉に「翻訳」して伝える能力が求められます。逆に、経営層から示された「全社的なコスト削減目標10%」といった抽象的な方針を、「各ラインでの段取り改善による時間短縮」「エネルギー消費量の見える化と削減活動」といった、現場が実行可能な具体的な活動計画に「翻訳」し、その意義を丁寧に説明して現場の協力を取り付けるのも、重要な役割です。この双方向の翻訳機能が、経営と現場の一体感を醸成し、組織全体の力を高めることにつながります。
工場全体のリソースを最適化する俯瞰的な視点
映像制作の管理職は、複数の番組プロジェクトを同時に監督し、限られた予算や人材をいかに配分するかを決定します。これは、今日の多品種少量生産を担う製造業の工場運営にも通じる考え方です。工場長や生産本部長は、個別の製品ラインや特定の生産課題だけに目を向けるのではなく、工場全体の人員、設備、予算といったリソースを俯瞰し、それらをいかに最適に配分するかという経営的な視点を持つ必要があります。例えば、ある新製品の立ち上げに多くの技術者や予算を投入すれば、既存の主力製品の改善活動が手薄になるかもしれません。短期的な生産目標の達成を優先するあまり、長期的な視点での設備投資や人材育成が後回しになることも考えられます。個々の部分最適の積み重ねが、必ずしも工場全体の最適につながるとは限りません。複数の課題やプロジェクトの優先順位を冷静に判断し、限られたリソースを戦略的に配分する能力は、現代の生産統括責任者にとって極めて重要なスキルと言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の考察から、日本の製造業、特に工場運営や生産部門のマネジメントに携わる我々が得られる示唆を以下に整理します。
1. 最終判断者としての役割の明確化:
現場で解決できない問題や部門間で意見が対立する課題について、誰が最終的な判断を下すのか、その権限と責任を組織として明確に定義することが重要です。工場長や生産本部長がその「エスカレーションポイント」として適切に機能することで、問題解決の迅速化と、組織内の不毛な対立の回避につながります。
2. 「現場の経営者」としてのスキルセットの育成:
これからの生産統括責任者には、生産技術や品質管理といった専門知識に加え、財務会計、人事労務、経営戦略といった幅広い知見が求められます。単なる「現場たたき上げのリーダー」ではなく、工場という一つの事業体を運営する「経営者」としての視点を持つ人材を、計画的に育成していく必要があります。
3. 組織間のコミュニケーションを円滑にする「翻訳能力」:
経営層の言葉を現場に、現場の言葉を経営層に、あるいは技術部門の言葉を営業部門に、といったように、異なる立場の関係者が理解できる言葉で伝える「翻訳能力」は、極めて実務的なスキルです。この能力を持つ管理者が組織のハブとなることで、部門間の壁が低くなり、より円滑で迅速な意思決定が可能となるでしょう。


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