米国の食品メーカーで、聴覚障害を持つ従業員のフォークリフト業務をめぐり、安全確保を優先した企業の判断が司法に認められる事案がありました。この判例は、多様な人材の活用が進む日本の製造現場において、安全配慮義務と合理的な配慮のあり方を考える上で重要な示唆を与えてくれます。
事案の概要:聴覚障害とフォークリフト運転をめぐる訴訟
先日、米ニュージャージー州の食品メーカーで起きた雇用差別訴訟において、企業側の主張が全面的に認められる判決が下されました。この訴訟は、聴覚に障害を持つフォークリフトオペレーターが、安全上の懸念から運転業務を解かれたことに対し、米国障害者法(ADA)に基づく差別であると訴えたものです。
多くの工場や倉庫でフォークリフトが稼働する日本の製造業にとっても、この事案は決して他人事ではありません。職場の安全確保と、障害を持つ従業員への配慮という、両立が求められるテーマについて深く考えさせられる内容です。
争点となった「本質的な職務機能」と「直接的な脅威」
裁判における主な争点は、フォークリフトの安全な運転という業務にとって、聴覚が「本質的な職務機能(essential job function)」にあたるかどうか、そして、聴覚障害を持つ従業員が運転を続けることが、本人および周囲の従業員に対する「直接的な脅威(direct threat)」となりうるか、という点でした。
従業員側は、視覚的な警告装置の設置といった「合理的な配慮(reasonable accommodation)」を行えば安全に業務を遂行できると主張しました。一方、会社側は、フォークリフトが行き交う工場内では、他の車両の警笛や後退時の警告音、周囲の作業者の声などを聞き分ける聴覚が、事故を未然に防ぐために不可欠であると反論。どのような配慮を尽くしても、安全上のリスクを許容できるレベルまで低減することはできないと主張しました。
日本の製造現場においても、労働安全衛生法の下で事業者は従業員に対する安全配慮義務を負っています。特にフォークリフトは重大事故につながりやすい重機であり、その運転資格や作業計画、運転者の健康状態の管理には細心の注意が払われています。今回の米国の事案は、業務の性質と個人の特性を照らし合わせ、安全を最優先に判断することの重要性を示しています。
裁判所の判断:安全確保という企業の権利を支持
最終的に、裁判所は会社の主張を全面的に認めました。判決は、重機が稼働する製造・倉庫現場において、安全を確保することは最優先事項であり、そのために企業が下した合理的な判断は尊重されるべきであるという考え方を示したものです。
この判断は、企業が安全配慮義務を果たすために、客観的根拠に基づいて業務内容や人員配置について決定する権利を裏付けたものと言えるでしょう。単に障害があるという理由だけで一律に機会を奪うことは許されませんが、具体的な業務内容に照らして、除去できない重大なリスクが存在する場合には、安全を優先した措置が正当化されうることを示唆しています。
日本の製造業への示唆
今回の米国の判例は、日本の製造業の経営者や現場管理者にいくつかの重要な示唆を与えてくれます。多様な人材が活躍できる職場環境の整備が求められる一方で、労働災害を撲滅するという絶対的な使命を忘れてはなりません。
安全確保の絶対的な優先
従業員の生命と安全は、他のいかなる経営課題よりも優先されるべき基本原則です。特にフォークリフトのような重機や危険物を扱う現場では、リスクアセスメントを厳格に行い、少しでも懸念があれば対策を講じるという姿勢が不可欠です。
職務要件の客観的な明確化
各業務、特に危険を伴う作業について、安全な遂行のために必要不可欠な能力や身体的要件(今回の事案における「本質的な職務機能」)を、客観的な基準で明確に定義し、文書化しておくことが望まれます。これは、採用や配置転換の際に、公平で合理的な判断を下すための重要な拠り所となります。
個別具体的なリスク評価と対話
障害や健康上の問題を理由に、一律に業務から排除するのではなく、まずは個別の状況を丁寧にヒアリングし、業務遂行能力と潜在的リスクを客観的に評価するプロセスが求められます。その上で、代替業務の検討など、可能な範囲での配慮を尽くす姿勢が重要です。
「合理的な配慮」とその限界の認識
安全性を高めるための設備改善や業務プロセスの見直しといった「合理的な配慮」は、積極的に検討すべきです。しかし、それでもなお看過できない安全上の「直接的な脅威」が残る場合には、安全を最優先した厳しい判断を下さざるを得ない場面もあります。今回の判例は、そうした企業の苦渋の決断が、客観的・合理的な根拠に基づくものであれば、法的に支持されうることを示しています。


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