米シンクタンクCSISのAMTI(アジア海事透明性イニシアチブ)は、中国が南シナ海に設置していた大規模な構造物を、本土の威海造船所に移設したことを報告しました。この構造物が「生産管理センター」としての機能を持つとされていた点は、日本の製造業にとっても示唆に富むものです。
南シナ海の構造物、山東省の造船所へ
米国のシンクタンクである戦略国際問題研究所(CSIS)のプロジェクト「アジア海事透明性イニシアチブ(AMTI)」の報告によると、南シナ海に設置されていた中国の巨大な八角形のプラットフォームが、中国本土の山東省にある威海造船所に移設されていることが確認されました。この構造物は、以前はフィリピンの排他的経済水域(EEZ)内に位置するサビナ礁に設置されていました。
この種の海上プラットフォームの建設や移設は、それ自体が高度な海洋建設技術やエンジニアリング能力を要するものです。特に、完成した大規模構造物を長距離にわたって海上移動させるオペレーションは、造船業やプラント建設におけるモジュール工法にも通じる知見が求められます。今回の移設は、中国がこの分野で相当の技術力を蓄積していることを示唆しています。
「生産管理センター」という呼称の意味
注目すべきは、この構造物の機能についてです。過去の中国国営メディアの報道によれば、このプラットフォームは「生産管理制御センター」としての機能拡張が計画されていたとされています。軍事的な監視拠点という側面だけでなく、漁業活動の支援や海洋資源開発など、何らかの「生産活動」を管理・制御する拠点としての役割が意図されていた可能性が伺えます。
日本の製造業の現場で「生産管理」と言えば、QCD(品質・コスト・納期)を最適化するための計画・指示・統制活動を指します。洋上プラットフォームにこのような名称が用いられる背景には、民生技術や産業活動を安全保障と一体で推進する、中国の「軍民融合」戦略があると考えられます。つまり、民生目的の生産活動と国家的な海洋権益の主張が、一つの構造物の上で融合している実態が垣間見えます。
サプライチェーンへの間接的な影響
この動きは、直接的に日本の工場の生産活動に影響を与えるものではありません。しかし、地政学的な観点からは無視できない側面があります。南シナ海は、日本にとってエネルギー資源や製品・部品を運ぶ重要な海上交通路(シーレーン)です。この海域における構造物の設置や軍事拠点化の動きは、航行の安定性に影響を及ぼす潜在的なリスク要因となります。
サプライチェーンの安定は、製造業の根幹です。万が一、この海域で緊張が高まれば、輸送コストの増大やリードタイムの遅延といった形で、間接的に日本の製造業にも影響が及ぶ可能性があります。自社のサプライチェーンにおいて、地政学的なリスクがどの程度存在するのかを改めて評価する必要があるかもしれません。
日本の製造業への示唆
今回のニュースから、日本の製造業関係者は以下の点を読み取ることができます。
1. 中国の「軍民融合」戦略の実態把握
中国では、民生分野の技術や生産活動が、国家の安全保障や地政学的な目標と密接に結びついています。中国企業との取引や技術提携、現地での事業展開においては、こうした大きな戦略の中に自社の活動が位置づけられる可能性があることを認識しておく必要があります。
2. 中国のエンジニアリング能力の冷静な評価
巨大な海洋構造物を建造し、長距離を移設する能力は、造船やプラントエンジニアリング、洋上風力発電といった重厚長大産業における総合的な技術力を示すものです。かつて日本が得意としてきた領域においても、中国の技術力は着実に向上しています。競争環境の変化を冷静に分析し、自社の強みを再定義する姿勢が求められます。
3. サプライチェーンにおける地政学リスクの再認識
製品や部品の安定供給は、平時においては当たり前のことと考えがちです。しかし、国際情勢の変動は、ある日突然、物流という製造業の生命線を揺るがす可能性があります。BCP(事業継続計画)を策定・見直しする際には、特定の国や地域への依存度だけでなく、輸送ルート上に存在する地政学的なリスクについても考慮に入れることが、今後ますます重要になるでしょう。


コメント