スマート工場の死角をなくせ:ソフトウェア・サプライチェーンを守るASPMとは

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製品や生産設備へのソフトウェア組込みが加速する中、サイバーセキュリティは製造業にとって避けて通れない経営課題です。本記事では、アプリケーションのセキュリティを統合的に管理する「ASPM」の考え方と、その導入で重視すべき指標を、製造現場の視点から解説します。

なぜ今、製造業でソフトウェアのセキュリティが問われるのか

スマートファクトリーの実現に向けたIoT機器の導入、製品そのものへのソフトウェア組込みによる高機能化は、現代の製造業における競争力の源泉となっています。しかしその一方で、これらのソフトウェアがサイバー攻撃の標的となるリスクも増大しています。これまで我々が重視してきた物理的な品質管理や工場の安全管理に加え、ソフトウェアの脆弱性をいかに管理するかという、新たな課題に直面しているのです。これは、もはや情報システム部門だけの問題ではなく、事業継続に直結する経営課題として捉える必要があります。

ASPM:ソフトウェアの「安全な状態」を維持する管理手法

ASPM(Application Security Posture Management)とは、直訳すれば「アプリケーション・セキュリティの姿勢管理」となります。これは、開発中から運用段階に至るまで、自社が利用するすべてのソフトウェアのセキュリティ状態を可視化し、一元的に管理する考え方です。工場の安全パトロールを想像していただくと分かりやすいかもしれません。作業環境に危険な箇所はないか、設備は正しく保守されているか、決められた手順が守られているかを継続的にチェックし、問題があれば是正する。ASPMは、そのソフトウェア版と考えることができます。常にソフトウェアが「安全な状態(良い姿勢)」を保っているかを確認し、リスクを継続的に低減していくための仕組みなのです。

SBOM(ソフトウェア部品表)の重要性

ASPMを実践する上で中核となるのが、SBOM(Software Bill of Materials)、すなわち「ソフトウェア部品表」です。これは、我々製造業の人間にとって馴染み深い、製品のBOM(部品表)のソフトウェア版に他なりません。ひとつのソフトウェアが、どのようなオープンソースライブラリやサードパーティ製のコンポーネントで構成されているかを一覧化したものです。

もし、ある特定のソフトウェア部品に深刻な脆弱性が発見された場合、手元に正確なSBOMがなければ、自社のどの製品や生産設備にその部品が使われているかを特定するのに膨大な時間と労力を要します。これは、サプライヤーから納入されたある部品に不具合が見つかった際の、影響範囲の特定やリコール対応と全く同じ構図です。SBOMを整備し、それを管理する仕組みを持つことは、ソフトウェア・サプライチェーンにおけるリスク管理の第一歩と言えるでしょう。

ASPMソリューション選定で見るべき実務的な指標

ASPMを実現するためのツールやソリューションを検討する際には、単に脆弱性を検知する機能だけでなく、より実務的な視点での評価が不可欠です。以下に、特に重視すべき指標を挙げます。

1. 網羅性 (Coverage):
自社で開発しているソフトウェアだけでなく、購入した設備に組み込まれているソフトウェア、サプライヤーから納入されるコンポーネントなど、管理すべき対象をどれだけ広くカバーできるかは極めて重要です。特に、工場の生産ラインで稼働するOT(Operational Technology)環境まで含めて可視化できるかは、製造業特有の重要な選定基準となります。

2. リスクの文脈付け (Contextualization):
発見された脆弱性が、自社のどの製品や事業に、どの程度深刻な影響を及ぼす可能性があるのかを評価できる機能が求められます。単に脆弱性の一覧を提示されるだけでは、現場は何から手をつけて良いか分かりません。「この脆弱性は、主力製品の遠隔操作につながる可能性があるため、最優先で対応が必要」といった、事業リスクの文脈で優先順位付けができることが、実務的な対応を可能にします。

3. 統合と自動化 (Integration and Automation):
セキュリティチェックが手作業であったり、既存の開発・運用プロセスから独立していたりすると、形骸化してしまいます。設計・開発から製造、保守に至るまでの既存の業務プロセスにスムーズに組み込み、セキュリティチェックを自動化できるソリューションを選ぶべきです。これにより、担当者の負担を増やさずに、セキュリティを品質の一部として定着させることができます。

日本の製造業への示唆

ソフトウェア品質は、ものづくりの品質そのもの
製品の価値がハードウェアからソフトウェアへと移りつつある今、ソフトウェアのセキュリティは、製品の安全性や信頼性に直結します。これまで培ってきた物理的な品質保証の考え方を、ソフトウェアの世界にも拡張していく必要があります。ASPMやSBOMは、そのための具体的な手法と言えます。

サプライチェーン管理の新たな領域
我々は部品を供給するサプライヤーを管理するように、今後はソフトウェアを構成するオープンソースやライブラリの供給元まで含めた、ソフトウェア・サプライチェーン全体を管理する視点が求められます。SBOMの提出を取引条件に加えるといった動きは、国内外で今後加速する可能性が高いでしょう。

部門横断での取り組みが不可欠
ソフトウェアセキュリティは、IT部門や開発部門だけの課題ではありません。自社の製品や工場設備にどのようなソフトウェアが使われているのか、そこにどのようなリスクがあるのかは、生産技術、品質保証、そして工場長や経営層も把握すべき情報です。全社的な課題として、部門の垣根を越えた連携体制を構築することが重要になります。

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