英国Howdens社の事例に学ぶ、デジタル製造によるリードタイム短縮と生産性向上

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英国の大手キッチンメーカーHowdens Joinery社は、SAP社のデジタル製造ソリューションを活用し、リードタイムの短縮、生産効率の向上、そして製品供給能力の劇的な改善を実現しました。本稿ではこの事例をもとに、日本の製造業が学ぶべきデジタル化の本質と、その実践的なアプローチについて解説します。

はじめに:英国キッチン大手Howdens社の挑戦

Howdens Joinery社は、英国で広く知られるキッチンおよび建具の専門メーカーです。同社は、顧客からの多様な要求に応えるため、多品種の製品を短い納期で供給するという、今日の製造業が共通して直面する課題に取り組んでいました。特にキッチンという製品は、構成部品が多岐にわたり、一つでも欠品があれば顧客の工事全体に影響を及ぼすため、ほぼ100%に近い製品可用性(在庫引当率)が求められます。このような厳しい要求に応えながら、生産現場の効率を高めていくために、同社は製造プロセスのデジタル化という決断を下しました。

製造実行システム(MES)導入の狙い

Howdens社が導入した「SAP Digital Manufacturing」は、一般に製造実行システム(MES: Manufacturing Execution System)と呼ばれる領域のソリューションです。その目的は、基幹システム(ERP)が担う生産計画と、製造現場の実行とをデジタルでつなぐことにあります。多くの工場では、生産指示が紙で出力され、実績は作業者が日報に手書きで記入し、後でシステムに入力される、という運用がいまだに見られます。このような運用では、情報の伝達に時間がかかり、現場の状況をリアルタイムで把握することが困難です。結果として、急な計画変更への対応が遅れたり、工程間の仕掛品が増加したり、問題発生の発見が遅れたりといった課題につながります。

Howdens社は、MESの導入によって、こうしたアナログな情報伝達を刷新し、製造指示から実績収集、進捗管理までを一気通貫でデジタル化することを目指しました。これは、リードタイムの短縮、リソースの有効活用による効率向上、そして正確な実績データに基づく在庫管理精度の向上に直結する取り組みです。

デジタル化がもたらした具体的な成果

Howdens社の事例が示す成果は、日本の製造業にとっても非常に示唆に富んでいます。

1. リードタイムの短縮:
製造指示が現場の端末にリアルタイムで配信され、作業完了の実績も即座にシステムに反映されます。これにより、工程間の情報の流れがスムーズになり、これまで滞留の原因となっていた待ち時間を大幅に削減できます。また、各工程の進捗状況が正確に可視化されるため、ボトルネックとなっている工程を迅速に特定し、対策を講じることが可能になります。

2. 生産効率の向上:
作業者は手元の端末で図面や作業標準書を確認できるため、紙の書類を探す手間が省けます。また、設備とシステムを連携させれば、稼働実績や生産数量といったデータを自動で収集することも可能です。これにより、作業者は付加価値を生まない間接業務から解放され、本来の作業に集中できます。正確な稼働データは、OEE(設備総合効率)の分析など、より高度な改善活動の基盤ともなります。

3. 製品供給能力の向上:
「ほぼ完璧なキッチン製品の可用性」という成果の背景には、MESとERPの緊密な連携があります。製造現場からの正確な実績データ(何が、いつ、どれだけ完成したか)がリアルタイムでERPに連携されることで、在庫情報や生産計画の精度が飛躍的に向上します。これにより、顧客への納期回答の精度が上がり、欠品による機会損失を防ぎながら、余剰な安全在庫を削減することにもつながります。

日本の製造業への示唆

Howdens社の事例は、特定のソリューションの導入事例というだけでなく、これからの製造業が目指すべき姿を示唆しています。最後に、日本の製造業がこの事例から何を学び、実務にどう活かすべきかを整理します。

要点:

  • 実行レイヤーのデジタル化が鍵:多くの企業でERP導入による計画の高度化は進んでいますが、計画と実行の間に存在するギャップが課題となっています。MESによる実行レイヤーのデジタル化こそが、計画の精度を活かし、現場の力を最大限に引き出すための鍵となります。
  • データのリアルタイム性が意思決定を変える:問題が発生してから数日後に対策会議を開くのではなく、リアルタイムのデータに基づいてその場で対応する。このスピード感の違いが、企業の競争力を大きく左右します。製造現場の「今」を可視化することの価値は計り知れません。
  • 全体最適化への第一歩:個別の工程改善も重要ですが、MESは工程間、さらには設計、生産管理、品質管理といった部門間の情報の流れを円滑にします。部分最適の積み重ねだけでは到達できない、工場全体の最適化に向けた重要な基盤となります。

実務への示唆:

かつてMESは大規模な投資が必要なシステムと見なされてきましたが、近年はクラウドベースのサービスも増え、中小企業にとっても導入のハードルは下がっています。最初から工場全体の導入を目指すのではなく、まずは特定の製品ラインやボトルネックとなっている工程に絞ってスモールスタートで導入し、効果を検証しながら展開していくアプローチも有効です。重要なのは、単にシステムを導入することではなく、それによって得られるデータをいかにして日々の改善活動や迅速な意思決定に結びつけていくか、という視点を持ち続けることでしょう。

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