「製造(Manufacturing)」という言葉の多義性から考える、人材育成と組織文化の設計

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海外の政治論説において、米国の名門大学が特定の思想を持つ人材を「製造(Manufacturing)」している、という比喩的な表現が用いられていました。我々製造業にとって自明の言葉である「製造」が、社会的な文脈でどのように使われているのかを起点とし、自社の人材育成や組織文化のあり方を「製造プロセス」として捉え直すことの重要性について考察します。

言葉の比喩的用法に見る「製造」の本質

先日、米国の政治に関する論説記事で、「The Ivy League is manufacturing America’s adversaries(アイビーリーグはアメリカの敵対者を製造している)」という、我々製造業に携わる者にとって興味深い表現が使われていました。この記事自体は、大学における思想教育のあり方を問う政治的な内容ですが、ここで注目したいのは「製造(Manufacturing)」という言葉の使われ方です。

物理的な製品を組み立て、加工することを指すのが本来の意味ですが、この文脈では「ある特定のインプット(学生や情報)に対し、体系的なプロセス(教育)を施すことで、意図された特性を持つアウトプット(特定の思想を持つ人材)を生み出す」という、より広義の意味で用いられています。これは、インプットからプロセスを経てアウトプットに至るという構造が、本質的に工場の生産活動と酷似しているからに他なりません。この視点は、我々が日々向き合っている「人」や「組織」といった無形の対象を考える上で、有益な示唆を与えてくれます。

人材育成を「製造プロセス」として捉え直す

製造現場では、品質は検査で見つけ出すものではなく「工程で作り込む」もの、という考え方が基本です。この思想は、人材育成にもそのまま当てはめることができるのではないでしょうか。優れた技術者やリーダーは、偶然生まれるのを待つのではなく、明確な育成目標(製品仕様)を定め、体系的な教育プログラム(製造工程)を設計し、定期的な評価とフィードバック(品質管理)を繰り返すことによって、意図的に「作り込まれる」ものだと考えられます。

日本の製造業が強みとしてきたOJT(On-the-Job Training)も、指導者による属人性を排し、育成のステップや評価基準を標準化することで、より安定的で質の高い「人材製造プロセス」へと昇華させることが可能です。個人の資質や意欲だけに依存するのではなく、誰もが一定水準以上の能力を身につけられる仕組みを構築することこそ、組織としての持続的な成長を支える基盤となります。

組織文化という「無形のアウトプット」

同様に、企業の組織文化や価値観もまた、意図的に「製造」されるべき無形のアウトプットと見なすことができます。「品質第一」や「安全最優先」といった、多くの日本の工場に根付いている優れた文化は、決して自然発生したものではありません。経営層が掲げる理念(設計思想)を、現場の行動規範や安全規則(作業標準)にまで落とし込み、朝礼での唱和や日々のパトロール、評価制度(プロセス管理・品質保証)を通じて、粘り強く浸透させてきた結果なのです。

逆に言えば、この「文化の製造プロセス」を意図的に管理しなければ、望ましくない風土(不良品)が生まれるリスクも常に存在します。先の論説記事が大学を批判している構図は、意図せざるアウトプットが生まれてしまった状況とも解釈でき、組織運営の難しさを物語っています。自社の理念が、現場の隅々にまで正しく伝わり、日々の行動として実践されているか。常にプロセスを監視し、改善していく視点が不可欠です。

日本の製造業への示唆

今回の記事は政治的なものでしたが、「製造」という言葉の使われ方一つをとっても、我々の仕事を見つめ直すきっかけが得られます。最後に、実務への示唆を整理します。

1. 人材育成の体系化と標準化:
経験や勘に頼りがちな人材育成を、製品の製造プロセスと同様に捉え直し、育成目標(仕様)、教育プログラム(工程)、評価基準(品質基準)を明確にした体系として再設計することが重要です。これにより、育成の質を安定させ、組織全体の能力向上を計画的に進めることができます。

2. 組織文化の意図的な醸成:
組織文化は、経営層が明確な意図を持って設計し、現場の隅々まで浸透させるための継続的なプロセス管理が不可欠です。理念やビジョンを掲げるだけでなく、それを具体的な行動規範や評価制度にまで落とし込み、一貫性のあるメッセージを発信し続けることで、目指すべき組織文化という「製品」を形作ることができます。

3. 俯瞰的な視点の獲得:
自社の専門領域で使われる言葉が、社会でどのように使われているかを知ることは、我々の活動を客観的に捉え直す良い機会となります。一見無関係に見える事象から、自社の課題解決や新たな改善のヒントを見出す。そのような俯瞰的な視点を持つことが、変化の時代において競争力を維持するために求められるのではないでしょうか。

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