全米製造業者協会(NAM)のトップが、米国経済と製造業の先行きに楽観的な見方を示しました。この景況感の背景には、政府の政策やサプライチェーンの変化など複数の要因が考えられます。本稿では、この米国の動向を読み解き、日本の製造業が何を考えるべきか考察します。
米国製造業で高まる期待感
先般、全米製造業者協会(NAM)の会長兼CEOであるジェイ・ティモンズ氏が、米国の製造業の先行きに対して楽観的な見方を示したことが報じられました。金融引き締めやインフレ懸念など、不透明な経済環境が続く中でのこうした発言は、注目に値します。この楽観論は、単なる一時的な期待感ではなく、米国製造業の構造的な変化を背景にしている可能性が考えられます。
楽観論を支える複数の要因
この景況感の背景には、いくつかの複合的な要因があると見られています。まず大きいのは、政府による強力な産業政策です。「インフレ抑制法(IRA)」や「CHIPS法」といった法律により、半導体、電気自動車(EV)、バッテリー、クリーンエネルギーといった戦略分野において、国内での生産や投資に対する大規模なインセンティブが与えられています。これにより、工場の新設や設備投資が活発化しており、関連産業全体に好影響が波及している状況です。
また、コロナ禍や地政学リスクの高まりを教訓とした、サプライチェーンの見直しも大きな潮流となっています。これまでコスト最適化を優先して国外に展開していた生産拠点を、国内へ回帰させる「リショアリング」や、近隣国へ移す「ニアショアリング」の動きが加速しています。これにより、国内の生産活動が活発化し、雇用の創出にも繋がっていると考えられます。
これらの動きは、AIやIoT、自動化といった技術革新への期待とも連動しています。生産性向上や人手不足の解消に向けたデジタル技術への投資は、製造現場の競争力を高める上で不可欠であり、こうした分野への前向きな投資マインドも、楽観的な見通しを支える一因と言えるでしょう。
日本から見た米国の動向
我々、日本の製造業に携わる者として、この米国の動きを対岸の火事と捉えるべきではありません。米国は多くの日本企業にとって重要な市場であり、顧客や競合の動向が自社の事業に直接的な影響を及ぼすからです。特に、自動車、半導体、産業機械などの分野では、米国内での現地生産やサプライチェーンへの参画が、今後の事業戦略の鍵を握る可能性があります。
一方で、この楽観論を手放しで受け入れることには慎重であるべきです。米国内では依然として熟練労働者の不足が課題となっており、人件費の高騰も懸念されます。また、今後の金利動向やインフレの再燃リスクなど、不確定要素も少なくありません。現地の情報を冷静に分析し、リスクと機会を多角的に評価する姿勢が求められます。
日本の製造業への示唆
今回の米国の動向から、日本の製造業が学ぶべき点は少なくありません。以下に要点を整理します。
1. サプライチェーンの強靭化(レジリエンス)の再評価:
米国のリショアリングの動きは、経済安全保障の観点からサプライチェーンの重要性を示唆しています。自社の調達網や生産拠点の配置が、特定の国や地域に過度に依存していないか、改めて脆弱性を評価し、BCP(事業継続計画)の観点から見直す良い機会と言えます。
2. 戦略分野への投資と政策動向の注視:
政府の産業政策が、企業の投資判断や競争環境を大きく左右する時代になっています。日本国内でも、半導体やGX(グリーン・トランスフォーメーション)、DX(デジタル・トランスフォーメーション)といった分野で様々な支援策が打ち出されています。こうした政策を有効に活用し、自動化や省人化、付加価値向上に繋がる戦略的な設備投資を計画的に実行していくことが重要です。
3. グローバル市場における自社の強みの再定義:
米国の製造業が国内回帰を進める中で、日本企業がグローバル市場で価値を提供し続けるためには、改めて自社の強みを問い直す必要があります。高品質なものづくりはもちろんのこと、特定の技術領域における優位性、顧客ニーズに細やかに応える開発力など、他社が容易に模倣できない価値を明確にし、それを軸とした事業戦略を再構築することが求められます。


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