米国の牛肉市場において、小売価格が記録的な水準に達する一方で、生産者の出荷価格は安定しているという報道がありました。このサプライチェーンの川上と川下で生じる価格の乖離は、日本の製造業が直面するコスト構造や価格転嫁の問題を考える上で、重要な示唆を与えてくれます。
米国牛肉市場に見るサプライチェーンの価格乖離
最近の米国市場の動向として、消費者が店頭で購入する牛肉の価格は過去最高レベルまで高騰しているにもかかわらず、生産者である牧場が受け取る生きた牛の取引価格は比較的安定した水準で推移している、という現象が報告されています。これは、生産者から消費者に製品が届くまでのサプライチェーンのいずれかの段階で、価格差(マージン)が拡大していることを示唆しています。
この背景には、食肉加工工場での人件費上昇、包装資材費の高騰、冷凍・冷蔵輸送にかかる燃料費や電気代の増加など、中間工程における様々なコストアップ要因が考えられます。また、流通業者や小売業者が、これらのコスト上昇分を吸収し、さらに自社の利益を確保するために販売価格を引き上げている可能性も指摘されています。つまり、原材料である「生きた牛」の価格が安定していても、最終製品である「パック詰めされた牛肉」の価格は、サプライチェーンの各段階で発生するコストの積み上げによって大きく変動するのです。
日本の製造業における同様の課題
この構造は、日本の製造業が直面している課題と非常によく似ています。例えば、素材や部品を供給するサプライヤーは、原材料費、エネルギーコスト、人件費の上昇に苦しんでいます。しかし、そのコスト上昇分を納入先である大手メーカーに十分に価格転嫁できず、利益を圧迫されているケースは少なくありません。
一方で、最終製品を製造するメーカー側も、厳しい市場競争や消費者の価格に対する敏感さから、製品価格への全面的な転嫁には慎重にならざるを得ないというジレンマを抱えています。結果として、サプライチェーンの特定の部分にコスト負担のしわ寄せが集中し、全体の収益構造が歪んでしまうという問題が発生します。これは、サプライチェーン全体の健全性や持続可能性を脅かす要因となり得ます。
コスト構造の「見える化」と適正な価値の評価
このような「価格の歪み」に対処するためには、まず自社、そしてサプライチェーン全体のコスト構造を正確に把握し、「見える化」することが不可欠です。どの工程で、どのようなコストが、どれだけ発生しているのかをデータに基づいて分析することで、初めて客観的な議論が可能になります。
日本の製造現場は、個々の工程の効率化や原価低減活動には非常に長けています。しかし、サプライヤーから自社、そして顧客へと続くバリューチェーン全体を俯瞰し、どこで付加価値が生まれ、コストがどのように配分されるべきかを考える視点が、今後ますます重要になるでしょう。単なるコスト削減要請ではなく、サプライヤーの技術力や品質管理、安定供給への貢献といった「価値」を適正に評価し、それを価格に反映させるという発想が求められます。
日本の製造業への示唆
今回の米国の事例から、日本の製造業が実務レベルで取り組むべき点を以下に整理します。
1. 精緻な原価計算と価格転嫁の論理武装:
感覚的な値上げ要求ではなく、材料費、労務費、経費の変動を具体的なデータで示し、価格改定の必要性を論理的に説明できる準備が不可欠です。自社のコスト構造を正確に把握することは、交渉の出発点となります。
2. サプライチェーン全体でのパートナーシップ構築:
自社の利益のみを追求するのではなく、サプライヤーも含めたサプライチェーン全体が持続的に成長できる関係性を目指すべきです。需要予測の共有、共同での物流改善、生産計画の連携などを通じて、共に無駄をなくし、コストを削減していく取り組みが有効です。
3. 付加価値の再定義と訴求:
コスト上昇分をただ価格に乗せるだけでなく、自社製品やサービスが持つ品質、技術力、納期遵守、あるいは環境配慮といった付加価値を顧客に明確に伝え、価格への納得感を醸成する努力も必要です。価格競争から価値競争への転換を意識することが、企業の収益性を高める鍵となります。


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