教育分野では、教師や生徒自身がビデオ教材を制作する取り組みが進んでいます。この視点は、人手不足や技能伝承に課題を抱える日本の製造現場においても、現場主導の教育・訓練体制を構築する上で多くの示唆を与えてくれます。
はじめに:教育現場から製造現場への応用
近年、教育分野において、ビデオコンテンツを活用した学習が注目されています。インドネシアの学術誌に掲載された研究報告では、地域の教師や高校生を対象に、ビデオベースの教育コンテンツを制作・管理する研修が行われた事例が紹介されています。これは、教える側と学ぶ側が共にコンテンツ制作に関わることで、教育効果を高めようとする試みです。このようなアプローチは、熟練技能者の高齢化や若手人材の確保といった課題に直面する日本の製造業にとって、技能伝承や人材育成の方法を再考する上で重要なヒントとなり得ます。
製造現場におけるビデオ教材の具体的な活用場面
ビデオ教材は、従来の紙の作業標準書やOJT(On-the-Job Training)を補完し、学習効果を飛躍的に高める可能性を秘めています。製造現場における具体的な活用場面としては、以下のようなものが考えられます。
1. 技能伝承・OJTの標準化
熟練技能者の手元の動き、工具の使い方、判断のポイントといった「暗黙知」は、言葉や文章だけでは伝えきることが困難です。これらの作業をビデオで撮影し、解説を加えることで、誰もが繰り返し学べる「形式知」に変換できます。これにより、指導者による教え方のばらつきを防ぎ、OJTの質を標準化・向上させることが可能になります。
2. 品質管理と不良対策
過去に発生した不良の事例や、その原因となった作業内容をビデオで記録しておくことで、具体的な再発防止策として活用できます。また、官能検査のような判断基準が曖昧になりがちな作業において、良品と不良品の比較映像を共有することは、検査員ごとの判定のばらつきを抑える上で非常に有効です。
3. 安全教育
ヒヤリハット事例や過去の労働災害の状況を、再現映像やイラストを交えたビデオで共有することで、危険感受性を高めることができます。機械の正しい操作方法や、危険区域への立ち入り禁止といったルールを視覚的に示すことは、文章で注意喚起するよりも記憶に残りやすく、安全意識の向上に直結します。
4. 設備の操作・保全手順
段取り替えや日常点検、定期的なメンテナンスといった設備の操作・保全作業は、手順が複雑な場合も少なくありません。これらの手順をビデオ化しておくことで、担当者が変わった際にもスムーズな引き継ぎが可能となり、作業ミスによる設備の停止や故障といったリスクを低減できます。
現場主導でビデオ教材を制作・運用する際の留意点
ビデオ教材の導入効果を最大化するためには、制作と運用の両面でいくつかの点に留意する必要があります。高価な機材は必ずしも必要ではなく、スマートフォンやタブレットのカメラでも十分に実用的なコンテンツを制作できます。
目的の明確化:まず、「誰に」「何を」「どこまで」習得してほしいのかという目的を明確にすることが重要です。目的が曖昧なままでは、単なる作業記録に終わり、教育効果の薄いものになってしまいます。
撮影の工夫:視聴者である学習者の視点に立ち、手元のアップ、作業全体の俯瞰、重要な箇所のスロー再生などを効果的に組み合わせることが求められます。また、作業音や周囲の環境音も重要な情報となる場合があるため、音声の録音にも配慮が必要です。
簡潔な編集:長時間のビデオは集中力の維持を困難にします。一つの作業やテーマごとに5分以内程度の短いコンテンツに分割し、テロップやナレーションで要点を補足すると、理解が深まります。
継続的な改善と管理:ビデオ教材は一度作成して終わりではありません。作業手順の改善や設備の変更に合わせて、定期的に内容を見直し、更新していく必要があります。また、古いバージョンの教材が誤って使用されることのないよう、版数管理を徹底することも不可欠です。
日本の製造業への示唆
今回参考とした教育分野での事例は、製造業における人材育成のあり方を考える上で、貴重な視点を提供してくれます。以下に、日本の製造業が実務に取り入れるべき示唆を整理します。
・「教える側」と「教わる側」の協働:
ビデオ教材の制作は、熟練技能者だけでなく、若手従業員も巻き込んで進めることが効果的です。若手はデジタルツールに慣れている一方、熟練者は作業の勘所を熟知しています。両者が協力することで、より分かりやすく、実践的な教材が生まれます。
・ビデオを「共通言語」として活用:
ビデオは、言葉の壁を超えて作業内容を直感的に伝えることができる強力なツールです。外国人労働者への教育や、海外拠点への技術移転において、標準化されたビデオ教材は「共通言語」として機能し、コミュニケーションの齟齬を減らします。
・スモールスタートの推奨:
全社的に大掛かりなシステムを導入する前に、まずは特定の部署や工程で、スマートフォンを使ったビデオマニュアルの作成・活用を試行的に始めてみることを推奨します。小さな成功体験を積み重ね、現場の理解と協力を得ながら、徐々に展開していくことが定着の鍵となります。
ビデオ教材の活用は、単なる教育の効率化に留まりません。現場の知恵や技術を形式知として蓄積し、組織全体の能力を底上げする、持続可能な人材育成の仕組みづくりへと繋がる重要な取り組みと言えるでしょう。


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