インダストリー4.0やDXの掛け声のもと、サプライチェーン全体の最適化が叫ばれて久しいですが、製造現場の実感とは乖離があるのが現実ではないでしょうか。特に小売業と製造業の間には依然として深い溝が存在し、その情報連携の不備が製造現場に大きな負荷をかけています。
小売主導の販促活動が製造現場を揺さぶる
元記事では、小売業者と製造業者の間の摩擦は「単純な断絶」から始まると指摘されています。その典型例が、小売業者が主導する特売やプロモーション活動です。例えば、ある商品が週末に特売されるという情報が、事前に、かつ正確な数量予測とともに製造側に共有されないケースを考えてみましょう。
小売からの発注は直前になって急増し、製造現場は突発的な増産要求に対応せざるを得なくなります。これは生産計画の大幅な変更を意味し、他の製品の生産を遅らせ、ラインの段取り替えを頻発させます。結果として、生産効率は低下し、残業や休日出勤の増加による労務費の上昇、さらには急な生産変更に伴う品質の不安定化といった問題を引き起こしかねません。これは、サプライチェーンの上流にいくほど需要の振れ幅が大きくなる「ブルウィップ効果」の典型的な一例と言えるでしょう。
データ連携の理想と現実のギャップ
インダストリー4.0の技術は、こうした問題を解決する可能性を秘めています。POSデータや販売計画、在庫情報をリアルタイムで共有し、需要予測の精度を高め、サプライチェーン全体で同期した生産・物流計画を立てることが理想とされています。CPFR(協調的計画・予測・補充)といった概念も、その実現を目指すものです。
しかしながら、現実には多くの障壁が存在します。企業間のシステムの違いはもちろんのこと、より根深いのは「データをどこまで開示するか」という企業文化や信頼関係の問題です。小売側は販売戦略を、製造側は生産能力やコスト構造を、互いに手の内を明かすことに抵抗を感じることが少なくありません。高価なシステムを導入しても、その根底にある組織間の壁が取り払われなければ、データはスムーズに流れず、宝の持ち腐れとなってしまいます。
分断がもたらす経営全体への損失
こうしたサプライチェーンの分断は、単なる現場の混乱にとどまらず、経営全体に深刻な影響を及ぼします。急な増産に対応するために過剰な安全在庫を持てば、保管費用やキャッシュフローの悪化を招きます。逆に、生産が追いつかなければ欠品による販売機会の損失や、顧客からの信頼低下につながります。
結局のところ、小売は「売り切ること」、製造は「効率的に作ること」という、それぞれの部分最適を追求するあまり、サプライチェーン全体としての最適化が実現できていないのです。その結果生じる非効率のコストは、最終的には価格に転嫁されるか、あるいは各企業の利益を圧迫することになります。
日本の製造業への示唆
今回の記事が示す課題は、多くの日本の製造業にとって他人事ではないでしょう。この問題に対して、私たちは実務的にどう向き合うべきでしょうか。
1. 取引先との対話の深化
技術的な解決策を模索する前に、まずは人対人のコミュニケーションを密にすることが不可欠です。営業部門だけでなく、生産管理や製造部門の担当者も交え、小売業者との定期的な情報交換会を開催し、互いの業務への理解を深める努力が求められます。販促計画の背景や目的を共有してもらうだけでも、現場の対応は大きく変わるはずです。
2. 情報共有の仕組みをスモールスタートで始める
大規模なシステム連携はハードルが高い場合でも、できることから始めるべきです。例えば、月次や週次の販促計画を共有のフォーマット(Excelでも構わない)でやり取りする、共有のクラウドストレージで在庫情報を可視化するなど、小さな成功体験を積み重ねながら、徐々に連携のレベルを高めていくアプローチが現実的です。
3. 自社の生産体制の柔軟性を高める
外部環境である需要の変動を完全にコントロールすることは不可能です。したがって、変動に対応できるしなやかな生産体制を構築することも同時に重要となります。段取り時間の短縮(SMED)、生産ロットの小口化、従業員の多能工化などを地道に進め、急な変化にも耐えうる現場力を高めておくことが、自社を守るための重要な施策となります。
4. 経営層によるリーダーシップの発揮
サプライチェーンの改革は、 một部門の努力だけでは成し遂げられません。経営層がこの問題を重要な経営課題として認識し、部門間の壁を取り払い、取引先との協調を全社的な方針として強力に推進していくリーダーシップが不可欠です。サプライチェーン全体の最適化という視点から、自社の役割と貢献を再定義することが、これからの製造業には求められています。


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