本田技研工業の米国における開発・生産法人(HDMA)が、製造拠点全体のサイバーレジリエンス強化を目的として、新たなバックアップ・リカバリーソリューションを導入しました。この動きは、ランサムウェア攻撃が深刻化する中、生産ラインを含むOT(制御技術)環境の事業継続性をいかに確保するかという、製造業共通の課題に対する一つの答えを示唆しています。
背景:製造業を狙うサイバー攻撃とOTセキュリティの課題
近年、製造業はサイバー攻撃の主要な標的となっており、特に事業停止を狙ったランサムウェア攻撃による被害が世界的に報告されています。一度攻撃を受けると、生産ラインが停止し、サプライチェーン全体に多大な影響を及ぼす可能性があります。そのため、従来のITシステムだけでなく、工場の生産設備を制御するOT(Operational Technology)システムのセキュリティ確保が、経営上の重要な課題となっています。特に、攻撃を完全に防ぐことが困難になる中で、万が一の際にいかに迅速にシステムを復旧させ、事業を継続するかという「サイバーレジリエンス(回復力)」の考え方が重要視されています。
ホンダ米国法人の具体的な取り組み
本田技研工業の米国法人であるHonda Development and Manufacturing of America (HDMA)は、この課題に対応するため、バックアップ・リカバリーソリューションを提供するMacrium Software社の製品を、米国内の12の製造拠点に導入することを決定しました。対象となるのは、PC、サーバー、仮想マシンを含む数千台のエンドポイントであり、オフィスのIT環境だけでなく、工場の生産ラインで稼働するOT環境のシステムも含まれます。この大規模な導入の目的は、ランサムウェア攻撃をはじめとするサイバーインシデント発生時に、システムのダウンタイムを最小限に抑え、迅速に生産活動を再開できる体制を構築することにあります。
イメージベースバックアップによる迅速な復旧
今回HDMAが選定したソリューションの核となるのは、「イメージベースバックアップ」という技術です。これは、個別のファイルだけでなく、オペレーティングシステム(OS)やアプリケーション、各種設定、データまでを丸ごと一つの「イメージファイル」として保存する方式です。これにより、システムに障害が発生した場合でも、正常時のイメージファイルを書き戻すだけで、システム全体を迅速に攻撃前の状態に復元することが可能になります。
HDMAは以前のバックアップ手法では、復旧の遅さや信頼性、管理の複雑さに課題を抱えていました。特に製造現場では、古いOSで稼働する制御用PCや特殊な端末も多く、これらを確実に、かつ効率的に保護することが求められます。高速で信頼性が高く、多数の端末を一元的に管理できる点が、今回のソリューション選定の決め手になったと報じられています。
事業継続計画(BCP)としてのOT環境の保護
工場の生産ラインを司るOTシステムは、24時間365日の安定稼働が前提であり、その停止は直接的に生産損失と納期遅延に繋がります。そのため、OT環境におけるセキュリティ対策は、単なる情報システム部門の課題ではなく、工場全体の事業継続計画(BCP)そのものであると捉えるべきです。今回のホンダの事例は、攻撃を防ぐ「防御」の対策と並行して、攻撃されることを前提とした「迅速な復旧」体制を構築することの重要性を明確に示しています。これは、自社の生産体制の脆弱性を再評価し、具体的な対策を講じる上で、日本の製造業にとっても大いに参考になる事例と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回のホンダの取り組みから、日本の製造業が学ぶべき点は多岐にわたります。以下に要点を整理します。
1. OTセキュリティの重点は「防御」から「迅速な復旧」へ
サイバー攻撃の侵入を100%防ぐことは現実的ではありません。侵入されることを前提とし、万が一の際にいかに早く生産ラインを復旧させるかという「レジリエンス(回復力)」の観点から対策を強化することが不可欠です。
2. サイバー対策を事業継続計画(BCP)として位置づける
工場システムへの攻撃は、情報漏洩だけでなく、事業停止という経営に直結するリスクです。IT部門任せにせず、工場長や経営層が主導し、生産ラインの停止時間をいかに短縮するかという視点で、BCPの一環としてバックアップ・復旧戦略を策定すべきです。復旧目標時間(RTO)や復旧目標ポイント(RPO)を具体的に設定することが求められます。
3. 工場特有の環境を考慮したソリューション選定
日本の工場においても、更新されずに稼働し続ける古いOSの制御PCや、ネットワークに接続されていないスタンドアロンの専用機は珍しくありません。こうした多様で特殊なOT環境全体を網羅的に保護・復旧できる技術やソリューションの選定が極めて重要になります。
4. 運用負荷を考慮した一元管理体制の構築
多拠点にまたがる工場や、数多くの生産設備を抱える現場では、バックアップの運用管理そのものが大きな負担となりがちです。IT担当者や現場の保全担当者の負担を軽減し、抜け漏れなく確実な運用を継続するためには、集中管理が可能なツールや仕組みの導入が有効です。


コメント