物理ベースのCO2排出量算定における「不確実性」の分析 — Tシャツ製造事例からの考察

global

製品のCO2排出量算定(カーボンフットプリント)が重要視される中、その数値の「不確実性」に光を当てる研究が報告されました。本稿では、綿Tシャツの製造を事例とした分析をもとに、算定結果の信頼性をどう評価し、実務に活かすべきか考察します。

はじめに:CO2排出量算定の重要性と課題

サプライチェーン全体での脱炭素化が求められる今日、製品ごとのCO2排出量、いわゆるカーボンフットプリント(CFP)を算定し、開示・削減する動きが国内外で加速しています。しかし、その算定値がどの程度の信頼性を持つのか、という点は、多くの実務担当者が直面する重要な課題です。算出された数値を鵜呑みにするのではなく、その背景にある前提やデータのばらつきを理解することが、適切な経営判断には不可欠と言えるでしょう。

物理ベース算定と「不確実性」

このたび学術誌『Scientific Reports』に掲載された論文は、綿Tシャツの製造を具体的な事例として、物理的な活動量(エネルギー使用量や材料投入量など)に基づいて排出量を積み上げる「物理ベース」の算定手法における不確実性を詳細に分析したものです。物理ベースの算定は、いわゆるボトムアップ型のアプローチであり、現場の改善活動と結びつけやすいという利点から、多くの製造現場で採用されています。

しかし、この手法は多くのパラメータや前提条件に依存するため、本質的に「不確実性」を内包します。論文では、この不確実性を主に「パラメータの不確実性」と「モデルの不確実性」に分類して考察しています。これらは、我々が日々の業務で排出量を計算する際にも、常に意識すべき概念です。

不確実性の主な要因

パラメータの不確実性: これは、算定に用いる個々の数値のばらつきに起因します。例えば、購入電力のCO2排出係数は、電力会社や調達契約、さらには時間帯によっても変動します。また、現場で測定するエネルギー使用量や材料の投入量にも、測定機器の精度や計測方法による誤差は避けられません。こうした入力データの僅かなばらつきが積み重なり、最終的な算定結果に影響を与えるのです。

モデルの不確実性: これは、算定の枠組みや前提条件そのものから生じる不確実性を指します。例えば、どこまでの工程を算定範囲(システム境界)に含めるか、あるいは複数の製品を生み出す工程の排出量をどう配分するか、といったルール設定によって、結果は大きく変動し得ます。特に、自社の管理外にあるサプライチェーン上流の工程(Scope 3)のデータを、どのような仮定のもとで算定モデルに組み込むかは、モデルの不確実性を高める大きな要因となります。

Tシャツ製造事例からの学び

論文では、Tシャツ製造のライフサイクル(綿花栽培、紡績、織布、染色、縫製など)の各工程で不確実性分析を行い、どの工程の、どのパラメータが、最終的なCFPのばらつきに最も大きく寄与するかを明らかにしています。

これは、我々日本の製造業にとっても極めて示唆に富んでいます。自社製品のCFPを算定する際、単一の確定値を求めるだけでなく、どの工程のデータ精度が結果を左右するのか(感度分析)を把握することが重要です。例えば、エネルギー多消費工程における電力排出係数の変動や、主要原材料の生産段階で用いられる排出量データの不確実性が大きいのであれば、そこから優先的にデータの精査やサプライヤーとの連携強化に着手すべき、という合理的な判断が可能になります。闇雲に全てのデータの精度を上げようとするのではなく、影響の大きい箇所に資源を集中させることが、賢明なアプローチと言えるでしょう。

日本の製造業への示唆

今回の分析は、CO2排出量算定に取り組む日本の製造業関係者にとって、以下の実務的な示唆を与えます。

1. 算定結果を「点」でなく「幅」で捉える
自社が算出したCFPは、ある程度の不確実性を含む「推定値」であると認識することが出発点となります。顧客や投資家といったステークホルダーに対して数値を説明する際にも、その前提条件や不確実性の程度について言及できることが、かえって企業としての透明性と信頼性の確保につながります。

2. 不確実性の要因を特定し、改善に繋げる
自社製品の製造プロセスにおいて、どの工程、どのデータの不確実性が高いかを特定する努力が求められます。不確実性の大きい部分を重点的に管理・改善すること(例:エネルギー計測点の増設、サプライヤーからの一次データ取得の推進)が、効率的な排出量削減と算定精度の向上の両立に直結します。

3. サプライチェーン全体でのデータ基盤構築の重要性
製品CFPの不確実性の多くは、自社の管理が直接及ばない上流(Scope 3)に起因することが少なくありません。信頼性の高いCFP算定と実質的な削減を実現するためには、サプライヤーとの協力関係を深め、データ連携を密にするための長期的、かつ地道な取り組みが不可欠です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました