ナイジェリアの元石油相を巡る汚職事件の報道は、遠い国の出来事として捉えがちです。しかし、この一件はグローバルに事業を展開する日本の製造業にとって、サプライチェーン上に潜むカントリーリスクやコンプライアンスの重要性を再認識させる貴重な事例と言えるでしょう。
事件の概要:資源国の汚職と統治の実態
報道によれば、ナイジェリアのディエザニ・アリソン=マドゥエケ元石油相が、在任中に得た不正な資金を用いて英国で贅沢な生活を送っていたとして、英国の国家犯罪対策庁(NCA)による捜査が進んでいます。裁判では、同氏のために高級不動産の手配や内装工事を請け負った業者が、その資金源や不透明な取引について証言しており、国家の資源を巡る大規模な汚職の実態が浮き彫りになりつつあります。この問題の背景には、豊富な石油資源を持つ一方で、その富が国民に還元されず、一部の権力層に集中する「資源の呪い」とも呼ばれる構造的な課題が存在します。
海外調達・生産拠点における「見えざるリスク」
我々日本の製造業にとって、この事件は決して他人事ではありません。原材料の調達や生産拠点の確保のために、新興国や資源国へ進出する企業は少なくありません。そうした国々では、法制度や行政手続きが不透明であったり、許認可などを巡って公務員への不適切な金銭要求(賄賂)が慣行化していたりするケースが見られます。これらは、現地の政治・経済の安定性を揺るがし、ひいては我々の事業活動に予期せぬ影響を及ぼす可能性があります。例えば、政治の混乱による工場の操業停止、輸出入許可の遅延、不透明な税務調査、あるいは取引先からの突然の契約不履行など、そのリスクは多岐にわたります。
グローバル・コンプライアンスの徹底が不可欠
特に注意すべきは、海外での贈収賄に関する法規制の厳格化です。米国の海外腐敗行為防止法(FCPA)や英国の贈収賄防止法(UK Bribery Act)などは、自国民だけでなく、世界中で活動する企業を適用対象としています。現地の代理店やコンサルタントが我々の代理として行った不正行為であっても、本社がその責任を問われる可能性があります。「現地の慣習だから」という安易な判断が、巨額の罰金や事業停止命令といった深刻な経営リスクに繋がりかねません。取引先を選定する際には、価格や品質、技術力だけでなく、相手方のコンプライアンス体制や倫理観についても厳格なデューデリジェンス(資産査定)を行うことが、自社を守る上で極めて重要になります。
ESG経営におけるサプライチェーンの透明性
近年、投資家や顧客が企業を評価する上で、ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みを重視する傾向が強まっています。汚職や人権侵害、環境破壊といった問題は、まさに「S(社会)」や「G(ガバナンス)」の中核的な課題です。自社のサプライチェーンにおいて、このような不正や非倫理的な行為に関与している取引先が存在すれば、企業の評判やブランド価値を大きく毀損する可能性があります。サプライチェーン全体の透明性を高め、取引先にも高い倫理基準を求めることは、もはやコストではなく、持続的な企業価値を創造するための必須要件と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の事件を踏まえ、日本の製造業が実務において留意すべき点を以下に整理します。
1. カントリーリスクの定期的評価:
海外の調達先や生産拠点がある国・地域について、政治情勢、法規制の変更、汚職のリスクなどを定期的に評価し、事業継続計画(BCP)に反映させることが重要です。特に、政権交代や資源価格の変動が社会情勢に与える影響を注視する必要があります。
2. 取引先デューデリジェンスの強化:
新規・既存を問わず、海外の取引先(特に代理店やコンサルタント)に対しては、コンプライアンス体制や反贈収賄に関する方針、評判などを確認するプロセスを標準化し、徹底することが求められます。契約書に腐敗防止条項を盛り込むことも有効な手段です。
3. 海外拠点を含めたコンプライアンス教育の徹底:
現地の従業員や駐在員に対し、現地の法律だけでなく、FCPAやUK Bribery Actといったグローバルな贈収賄防止法規に関する教育を定期的に実施し、コンプライアンス意識を高く維持することが不可欠です。
4. ESG視点でのサプライチェーン管理:
調達方針に、人権、労働環境、環境保護、腐敗防止といったESGの観点を明確に組み込み、サプライヤーにも遵守を求める体制を構築することが、企業の持続可能性を高める上で重要となります。サプライヤー監査などを通じて、実効性を担保していくことも検討すべきでしょう。

コメント