1950年代アメリカの「生産管理」— ある技術者の経歴が示す、製造業の強さの源泉

global

先日公開された米国の訃報記事に、戦後の製造業における人材育成のあり方を示唆する興味深い一文がありました。今回はこの短い記述を手がかりに、1950年代のアメリカで確立されていた「生産管理」という学問の重要性と、それが現代の日本の製造業に与える示唆について考察します。

はじめに:訃報から垣間見える、製造業の歴史

米国の一般市民であるカール・キング氏の訃報に、氏の経歴として「戦後、1951年にパデュー大学で機械工学と生産管理(production management)の学位を取得した」という一文が記されていました。一見すると単なる個人の記録ですが、これは製造業に携わる我々にとって、非常に示唆に富む情報と言えます。なぜなら、70年以上も前に、米国の主要な工科大学で「生産管理」が「機械工学」と並ぶ専門分野として確立され、体系的な教育が行われていたという事実を示しているからです。

1950年代における「生産管理」という学問

1951年という時代を日本の製造業に当てはめてみると、戦後の復興期にあたり、多くの工場がまだ手探りで生産性の向上に取り組んでいた時期です。TQC(総合的品質管理)や、後にトヨタ生産方式(TPS)として体系化される考え方が広まるのは、まだ先のことでした。その時代に、米国ではすでに生産活動を科学的・工学的なアプローチで分析し、最適化するための学問、すなわち「生産管理」が大学の専門課程として存在していたのです。

これは、フレデリック・テイラーの科学的管理法に端を発し、第二次世界大戦中の大量生産を経て、より洗練された知識体系が構築されていたことを物語っています。日本の現場では「IE(インダストリアル・エンジニアリング)」という言葉の方が馴染み深いかもしれませんが、その根幹にある思想は共通しており、作業、工程、流れを定量的に分析し、効率性を追求するものです。こうした教育を受けた技術者が、当時の米国製造業の圧倒的な生産性を支える原動力の一端を担っていたと拝察されます。

機械工学と生産管理の融合が意味するもの

特に注目すべきは、キング氏が「機械工学」と「生産管理」の両方を学んでいた点です。これは、生産設備や機械そのものに関するハードウェアの知識と、それらをいかに効率的に運用し、人・モノ・情報を管理するかというソフトウェア(マネジメント)の知識を、一人の技術者が併せ持つことの重要性が認識されていたことを示唆しています。

日本の製造現場でも、優れた設計であっても製造現場の実情を理解していなければ量産に多大な困難を伴う、といった経験は枚挙にいとまがありません。設計開発と生産技術、あるいは製造現場との間にある「壁」は、多くの企業にとって長年の課題です。設備という「モノ」を深く理解し、同時に生産という「コト」を管理する視点を持つ人材は、まさにその壁を乗り越えるための鍵となり得ます。一人の技術者が両方の素養を身につけるという人材育成の思想は、現代においても非常に示唆的と言えるでしょう。

日本の製造業への示唆

この短い訃報記事から、私たちはいくつかの重要な示唆を得ることができます。

1. 体系的な教育の重要性
OJT(On-the-Job Training)による現場での技能伝承は日本の製造業の強みですが、それに加えて、生産管理や工場運営に関する普遍的・体系的な知識を学ぶ機会を提供することの重要性を再認識させられます。個々の経験則を、より客観的で再現性のある知識へと昇華させることが、組織全体の能力向上に繋がります。

2. 技術と管理の両輪を担う人材育成
専門技術を深く追求するだけでなく、技術者が自身の専門性を生産全体の流れの中でどのように活かすかというマネジメントの視点を持つことが、今後ますます重要になります。特に若手・中堅技術者に対して、生産管理や品質管理、サプライチェーンといった隣接領域の知識を学ぶ機会を設けることは、将来の工場長や経営幹部を育成する上で有効な投資となるでしょう。

3. 歴史から学ぶ姿勢
我々はトヨタ生産方式をはじめとする日本独自の優れた生産管理手法に誇りを持っています。それに加え、その源流の一つとも言える米国の科学的管理法やIEの歴史を学ぶことで、自社の取り組みをより広い視野で捉え直し、改善活動の新たな着想を得ることができるかもしれません。先人の歩みをたどることは、自らの現在地を客観的に知るための羅針盤となります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました