カナダのパワースポーツ製品メーカーBRP社の求人情報には、「Production Management」という、我々製造業には馴染み深い言葉が記載されています。しかしその内容は、工場の生産管理ではなく、マーケティング部門におけるコンテンツ制作に関するものでした。この事例から、現代の製造業における新たな価値創造のヒントを探ります。
「生産管理」ではなく「コンテンツ制作管理」
今回取り上げるのは、スノーモービルや水上バイクなどで知られるカナダのBRP(Bombardier Recreational Products)社が出している「シニアプロデューサー」の求人情報です。職務内容には「production management(プロダクション・マネジメント)」や「post-production(ポスト・プロダクション)」といった言葉が見られます。
製造業の我々がこの言葉を聞くと、真っ先に工場の生産ラインの管理や、製造後の検査・仕上げ工程を思い浮かべることでしょう。しかし、この求人における「プロダクション」は、映像やデジタルコンテンツの「制作」を意味します。つまり、ここで求められているのは、マーケティング活動の一環として、動画やWebコンテンツなどの企画から制作進行、完成後の配信までを管理する専門人材です。
これは、製造業の「生産管理」とは全く異なる分野の話ではありますが、なぜ製品を「つくる」会社が、コンテンツを「つくる」専門家をこれほど重視しているのでしょうか。この点に、現代の製造業が向き合うべき重要な視点が隠されています。
なぜ製造業が「コンテンツプロデューサー」を求めるのか
BRP社のようなBtoCの最終製品メーカーにとって、製品の性能や品質はもちろんのこと、ブランドが持つ世界観や製品を使うことによって得られる体験(顧客体験、CX)を伝えることが、競争上の極めて重要な要素となります。単に「モノ」を売るのではなく、それにまつわる魅力的な物語や体験、すなわち「コト」を届けることで、顧客との強い結びつきを築こうとしているのです。
そのための最も強力な手段の一つが、高品質なデジタルコンテンツです。製品が駆け抜ける雄大な自然の映像、ユーザーが楽しむ生き生きとした表情、製品開発に込められた技術者の情熱。こうした情報を専門的な品質で制作・発信し、顧客の心を動かす活動は、もはや片手間で行えるものではありません。企画、撮影、編集、デジタル技術といった専門知識を結集し、プロジェクト全体を管理する「プロデューサー」の役割が不可欠となっているのです。
これは、マーケティングや広報活動を、製品開発や製造と同じレベルの「プロダクション(ものづくり)」として捉えていることの表れと言えるでしょう。
日本の製造業における「コトづくり」の視点
この動きは、BtoC企業に限った話ではありません。我々日本の製造業、特にBtoB(企業間取引)が中心の企業にとっても、無関係な話ではなくなってきています。例えば、自社の高度な加工技術や独自の素材の特性を、文章や静止画だけで顧客やパートナーに正確に伝えるのは容易ではありません。しかし、動画や3Dアニメーションを駆使すれば、その価値を直感的かつ深く理解してもらうことが可能になります。
また、熟練技術者の持つノウハウを映像化して、社内の技術伝承や新人教育に役立てたり、製品のメンテナンス方法を分かりやすい動画マニュアルとして顧客に提供したりすることも、顧客満足度を高める重要な「コトづくり」です。こうした活動は、従来は営業部門や企画部門が担当することが多かったかもしれませんが、これからは製造や技術の現場が持つ専門知識を源泉として、より質の高いコンテンツを生み出していく視点が求められます。
日本の製造業への示唆
今回のBRP社の求人事例は、日本の製造業に対して以下のような実務的な示唆を与えてくれます。
1. 「つくる」対象の再定義
優れた製品(モノ)をつくることは、我々の根幹です。それに加え、その製品の価値や技術の優位性、ブランドの思想を伝えるコンテンツ(コト)もまた、組織として「つくる」べき重要な生産物であるという認識を持つことが重要です。これは経営層が明確な方針として示す必要があります。
2. 技術部門の知見を「発信」に活かす
最も製品や技術を理解しているのは、開発・製造の現場にいる技術者です。彼らが持つ専門的な知見は、顧客にとって最も価値のある情報、すなわち優れたコンテンツの源泉となり得ます。マーケティング部門と技術部門が密に連携し、専門的で信頼性の高い情報を発信する体制を構築することが、企業の競争力を高める上で有効な一手となるでしょう。
3. コンテンツ制作の専門性の認識
顧客に響く質の高いコンテンツを継続的に制作するには、専門的なスキルと管理ノウハウが必要です。全てを内製化する必要はありませんが、外部パートナーと的確に連携するためにも、社内にコンテンツ制作のディレクションを担える人材を育成するか、中途採用で確保することを検討する価値は十分にあります。単なる情報発信ではなく、もう一つの「プロダクション」として、その品質とプロセスを管理する視点が不可欠です。


コメント