近年、ベトナムでは国策として農業分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)が推進されています。この動きは、一見すると日本の製造業とは直接関係がないように思えるかもしれませんが、その中核にある思想は、私たちの生産現場やサプライチェーンが直面する課題解決のヒントを与えてくれます。
ベトナム農業で進むデジタル経済化
ベトナム政府は、農業分野において「同期されたデジタルデータベース」の構築を推進しています。これは、生産から流通、販売に至るまでの情報を一元的に管理し、活用するためのデータ基盤を整備しようという試みです。具体的には、スマートな生産管理、製品のトレーサビリティ(追跡可能性)、そして電子商取引(eコマース)への展開を視野に入れています。これまで個別に管理されていた生産者情報、栽培履歴、流通経路といったデータを連携させることで、農業全体の効率化と高付加価値化を目指しているのです。
製造業における「同期されたデータベース」の意味
この「同期されたデータベース」という考え方は、日本の製造業にとっても極めて重要です。多くの工場では、生産管理、品質管理、設備保全、在庫管理といった情報が、部門ごと、あるいはシステムごとに分断されている「データサイロ」の状態に陥りがちです。例えば、生産実績はMES(製造実行システム)に、品質検査データは専用のシステムやExcelファイルに、部品の在庫情報はERP(統合基幹業務システム)に、といった具合に散在しているケースは珍しくありません。
ベトナムの取り組みは、これらの分断されたデータを連携させ、生産プロセス全体を俯瞰できる基盤を作ることの重要性を示唆しています。製造現場のIoTセンサーから得られるリアルタイムの稼働データと、MESの生産指示・実績データ、さらにはERPの販売計画や調達情報を連携させることができれば、より精度の高い生産計画の立案や、予期せぬトラブルへの迅速な対応が可能になるでしょう。
トレーサビリティは品質保証の根幹
農業におけるトレーサビリティが「いつ、どこで、誰が、どのように作ったか」を明確にし、食の安全・安心を担保するのと同様に、製造業におけるトレーサビリティは品質保証の根幹をなすものです。特に、自動車や電子機器、医療機器といった高度な品質が求められる製品においては、どのサプライヤーから調達した、どのロットの部品が、いつの製造工程を経て、どの最終製品に組み込まれたのかを正確に追跡できる体制が不可欠です。
データ基盤が整備されていれば、万が一市場で品質問題が発生した際にも、影響範囲の特定を迅速かつ正確に行うことができ、リコール対応のコストやブランドイメージへのダメージを最小限に抑えることができます。これは、単なる守りの品質管理に留まらず、顧客からの信頼を獲得するための攻めの品質保証と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
ベトナムの農業DXの事例から、日本の製造業が学ぶべき点は以下の3点に整理できます。
1. データ基盤の再構築:
まずは自社のデータがどこに、どのような形で存在しているかを棚卸し、部門間に存在するデータの壁を取り払うことから始める必要があります。Excelによる属人的な管理から脱却し、データを一元的に収集・蓄積・活用できる仕組みを構築することが、DX推進の第一歩となります。
2. サプライチェーン全体でのデータ連携:
自社工場内の最適化に留まらず、サプライヤーから顧客に至るサプライチェーン全体でのデータ連携を視野に入れるべきです。特にトレーサビリティの確保は、企業間の連携なくしては実現しません。業界標準のデータフォーマットの採用や、セキュアなデータ共有プラットフォームの活用が今後の鍵となるでしょう。
3. 新興国の動向への着目:
ベトナムのような新興国は、既存のしがらみが少ない分、最新のデジタル技術を前提とした産業構造を一気に構築しようとしています。これは「リープフロッグ(蛙飛び)現象」とも呼ばれ、日本の製造業にとっては新たな競争相手の出現を意味します。彼らの動向を注視し、自社の変革のスピードを見直すきっかけとすることが重要です。


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