米インテルのCEO、パット・ゲルシンガー氏が「米国は半導体製造競争に負けるわけにはいかない」と強い危機感を表明しました。この発言は、半導体が単なる電子部品ではなく、国家の経済安全保障を左右する戦略物資となった現代の状況を浮き彫りにしています。本稿では、この動向が日本の製造業、特に現場の運営やサプライチェーンにどのような影響を及ぼすのかを考察します。
地政学リスクと化した半導体サプライチェーン
インテルのゲルシンガーCEOの発言の背景には、半導体の生産が台湾をはじめとするアジア地域に極度に集中している現状への強い懸念があります。かつて世界の半導体の37%を生産していた米国は、現在そのシェアを12%まで落としています。この生産拠点の偏りは、地政学的な緊張や自然災害が発生した際に、世界のサプライチェーン全体を揺るがす深刻な脆弱性となっていることは、我々製造業に携わる者にとってもはや共通認識でしょう。
特に、自動車産業や電機・機械産業など、あらゆる製品に半導体が不可欠となっている日本の製造業にとって、この問題は対岸の火事ではありません。近年の半導体不足による生産調整や納期の遅延は、多くの工場で厳しい課題として突きつけられました。サプライチェーンの寸断が、いかに容易に生産計画全体を狂わせるかを、我々は実体験として学んだのです。
米国の強い危機感と国内回帰への動き
ゲルシンガー氏の発言は、こうした状況を打開しようとする米国の国家的な意思を代弁するものです。米国政府は「CHIPS法」などを通じて、国内での半導体生産に対して巨額の補助金を投じ、インテルをはじめとする企業が国内に最新鋭の工場を建設する動きを強力に後押ししています。これは、経済合理性だけでは測れない「サプライチェーンの強靭化」という価値を、国策として追求する姿勢の表れです。
この動きは、いわゆる「リショアリング(国内回帰)」や「フレンドショアリング(同盟国・友好国との連携強化)」という大きな潮流の一部です。効率を最優先して最適化されてきたグローバル・サプライチェーンが、安全保障という新たな軸で見直される時代に入ったことを示唆しています。工場運営や調達部門においては、コストや品質、納期(QCD)に加えて、地政学リスクという新たな管理指標が重要性を増していると言えるでしょう。
日本の製造業が直面する課題と機会
米国の動きは、当然ながら日本の半導体戦略にも大きな影響を与えます。日本政府がTSMCの熊本工場誘致に多額の支援を行うのも、国内に先端半導体の生産拠点を確保するという国家的な狙いがあるからです。これは、日本の製造業全体の競争力を維持・強化するための重要な布石と捉えることができます。
現場レベルでは、これまで以上に調達先の多様化や、重要部材の在庫戦略の見直しが求められます。また、国内回帰の流れは、日本の製造業にとって新たな事業機会を生み出す可能性も秘めています。国内の製造装置メーカーや素材メーカーにとっては追い風となり、国内で生産された半導体を活用することで、より安定した生産体制を構築できるかもしれません。しかし、そのためには、国内の生産技術力をさらに高め、高度な技術を担う人材の育成が不可欠であることは言うまでもありません。
日本の製造業への示唆
今回のインテルCEOの発言と米国の動向から、日本の製造業が留意すべき点を以下に整理します。
1. サプライチェーンの再評価と強靭化:
半導体は今や戦略物資であり、その調達は地政学リスクと切り離せなくなりました。自社のサプライチェーン、特に半導体や重要電子部品の調達網を再点検し、特定地域への過度な依存がないか、代替調達先の確保は可能かなど、BCP(事業継続計画)の観点から具体的な見直しを行うことが急務です。
2. 国内生産基盤の価値の再認識:
コスト効率一辺倒の時代は終わりを告げ、国内に生産拠点を持つことの戦略的価値が見直されています。これは、国内工場の維持・強化や、自動化・省人化による生産性向上への投資を正当化する追い風となり得ます。自社の生産体制のあり方を、サプライチェーン全体の安定性という視点から再考すべき時期に来ています。
3. 技術と人材への継続的投資:
最終的に国際競争力の源泉となるのは、優れた技術力とそれを支える人材です。半導体のような先端技術分野はもちろんのこと、それを活用する製品開発や生産技術においても、継続的な研究開発と技術者・技能者の育成が企業の持続的な成長の鍵を握ります。目先のコスト削減だけでなく、未来への投資という視点が経営層には一層求められます。


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