中国の電力業界で発生した過去10年間の人身事故を統計的に分析した研究から、事故発生の法則性が見えてきました。特に、作業者の経験年数と事故率の関係は、日本の製造現場における安全教育や人材育成を考える上で、重要な示唆を与えてくれます。
はじめに
安全は全ての生産活動の基盤であり、労働災害の撲滅は製造業にとって永遠の課題です。Nature誌のScientific Reportsに掲載された論文では、中国の電力網企業で2011年から2020年にかけて発生した335件の人身安全事故を詳細に分析し、その発生パターンと原因を明らかにしています。この分析結果は、業種は違えど、感電や高所作業などの危険作業を伴う日本の製造現場やプラントメンテナンス業務においても、多くの教訓を含んでいます。
事故発生に見られる時間的・季節的な偏り
分析によると、事故の発生には明確な時間的・季節的な偏りが見られました。1日のうちでは、午前9時から11時、そして午後14時から16時の時間帯に事故が集中していました。これは、日本の現場でもしばしば指摘されるように、朝礼後の気の緩みや、昼食後の生理的な眠気など、人間の集中力の波と関連している可能性が考えられます。また、季節別では、夏(6〜8月)と冬(12〜1月)に事故が多発する傾向がありました。夏の酷暑による疲労や集中力の低下、冬の寒さによる身体の硬直や防寒着による作業性の悪化などが、事故のリスクを高める要因となっていると推察されます。
経験年数と事故率が描く「U字型」の曲線
本研究で特に注目すべきは、作業者の経験年数と事故発生率の関係です。分析結果は、事故率が経験の浅い作業者と、逆に経験豊富なベテラン作業者の双方で高くなる「U字型」の傾向を示しました。具体的には、経験1年未満の新人作業者の事故率が最も高く、その後経験年数とともに低下しますが、経験21年以上のベテラン層になると再び事故率が上昇に転じています。これは、日本の製造現場で語られる経験則を裏付けるデータと言えるでしょう。新人の事故は、知識・技能の不足や危険予知能力の未熟さが主な原因と考えられます。一方で、ベテランの事故は、長年の経験からくる「慣れ」や「過信」が背景にあると見られます。手順の一部を省略したり、危険性を過小評価したりすることが、思わぬ重大事故につながる危険性を示唆しています。
事故原因の8割以上を占める「人的要因」
事故の直接原因を分類したところ、「不安全行動(Unlawful operation)」「不適切な作業指示(Unlawful command)」「労働規律違反(Violation of labor discipline)」の3つが、全体の8割以上を占める主要因であることが明らかになりました。これらはすべて「人的要因(ヒューマンエラー)」に分類されるものです。この事実は、設備や作業環境の物理的な不備よりも、人間の行動管理がいかに安全確保の鍵を握っているかを物語っています。安全マニュアルや作業標準書といったルールが存在していても、それが遵守されていない、あるいは遵守できない何らかの背景(生産優先の圧力、非効率な手順など)がある可能性も考えられ、対策の難しさを示しています。
日本の製造業への示唆
この研究結果は、国や業種を超えて、安全管理における普遍的な課題を浮き彫りにしています。日本の製造業がこの知見から学ぶべき点は、以下の3つに整理できるでしょう。
1. 時間帯や季節に応じた重点的な注意喚起
事故が集中する時間帯や季節を意識し、KY(危険予知)活動やツールボックスミーティングで特に注意を促す、あるいは管理者による現場巡回を強化するなど、メリハリの効いた管理が有効と考えられます。一律の注意喚起だけでなく、リスクの高まるタイミングを狙った働きかけが重要です。
2. 新人教育とベテラン教育の最適化
新人に対しては、基礎的な安全知識の教育と、指導者による丁寧なOJTが不可欠です。一方で、見過ごされがちなのがベテランへの再教育です。定期的に過去の事故事例を共有したり、ヒヤリハット活動を活性化させたりすることで、「慣れ」や「過信」に警鐘を鳴らす必要があります。また、ベテランを若手の安全指導役に任命することも、自身の作業手順や安全意識を見つめ直す良い機会となるでしょう。
3. 「なぜルールが守られないのか」という本質的な問い
事故原因の多くが人的要因であるという事実を重く受け止め、「ルールを守れ」と精神論で終始するのではなく、「なぜ手順が省略されるのか」「なぜ不適切な指示が出てしまうのか」といった背景にある組織的な問題を掘り下げることが不可欠です。作業手順そのものに無理はないか、生産目標による過度なプレッシャーはないかなど、現場の実態に即した原因分析と対策こそが、真の安全文化を醸成する一歩となります。


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