米中間の貿易摩擦や地政学リスクの高まりを受け、多くの製造業がサプライチェーンの見直しを迫られています。本記事では、グローバルに事業を展開するEMS(電子機器受託製造サービス)企業、East West Manufacturing社の経営者の視点を通じて、サプライチェーン多様化の現実と具体的な戦略について考察します。
はじめに:グローバルEMS企業の視点
昨今の国際情勢の変化は、製造業のサプライチェーンに大きな影響を与え続けています。特に米中間の関税問題は、多くの企業にとって生産拠点の見直しを促す大きな要因となりました。今回は、カナダの製造業向けメディアで紹介されたポッドキャストの内容をもとに、北米を拠点にグローバルで事業を展開するEMS企業「East West Manufacturing」社のCEO、Scott Ellyson氏の談話から、サプライチェーン再編の現実的なアプローチを探ります。同社は、電子機器の設計から試作、量産、物流までを一貫して手掛けており、その視点は多くの日本の製造業関係者にとっても参考になる点が多いでしょう。
関税を契機としたサプライチェーン戦略の見直し
Ellyson氏によれば、米中間の関税賦課は、単なるコスト増加の問題にとどまらず、多くの企業にとって「中国一辺倒」のサプライチェーンが持つ脆弱性を再認識させるきっかけとなりました。それまではコスト最適化の観点から中国に集中していた生産拠点を、リスク分散の観点から見直す動きが加速したと指摘しています。これは、日本企業がチャイナ・プラスワンという言葉を意識し始めた頃の状況と重なりますが、近年の地政学リスクの高まりは、その動きをさらに本格的かつ緊急性の高いものへと変えています。単なるコスト削減のための海外展開ではなく、事業継続性(BCP)の観点からサプライチェーンを設計することが、今や経営の常識となりつつあります。
生産拠点の多様化:「中国+1」の具体的な選択肢
Ellyson氏は、中国からの生産移管先として、ベトナム、インド、そしてメキシコといった国々の名を挙げています。これらの国々は、それぞれに利点と課題を抱えています。
ベトナム:中国に地理的に近く、人件費も比較的安価であるため、有力な移管先として注目されています。しかし、急速な投資の集中により、一部の工業団地では労働力の確保が難しくなり、人件費も上昇傾向にあります。また、港湾や道路といった物流インフラが需要に追いついていないという課題も指摘されており、進出を検討する際は、こうしたインフラ面の成熟度を慎重に見極める必要があります。
インド:14億人を超える巨大な国内市場と豊富な労働力は大きな魅力です。しかし、州ごとに異なる法規制や複雑な税制、そして依然として未整備な国内物流網は、多くの海外企業にとって事業運営上のハードルとなっています。長期的なポテンシャルは高いものの、短期的な成果を求めるには相応の覚悟と準備が求められる市場と言えるでしょう。
メキシコ(ニアショアリング):USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の恩恵を受けられること、そして最大の市場である米国への地理的近さは、他のアジア諸国にはない大きな利点です。特に、輸送リードタイムの短縮や在庫管理の効率化を重視する製品にとっては最適解となり得ます。ただし、日本企業にとっては、現地の労働文化への適応や、一部地域での治安問題などが懸念材料として挙げられます。
M&Aによる迅速なグローバル拠点網の構築
East West Manufacturing社が特徴的なのは、M&A(企業の合併・買収)を積極的に活用してグローバルな生産体制を短期間で構築している点です。同社はカナダやベトナム、メキシコなどで現地の製造企業を買収することにより、自社でゼロから工場を立ち上げる時間と手間を省き、現地のノウハウや人材、顧客基盤を迅速に獲得しています。海外拠点の立ち上げには、土地の確保から許認可の取得、人材採用、サプライヤー網の構築まで、多くの時間と労力を要します。特に変化の速い現代においては、M&Aは市場投入までの時間を短縮する有効な戦略的選択肢です。日本の中堅・中小企業が海外展開を検討する際にも、自社単独での進出だけでなく、現地企業との提携やM&Aを視野に入れることは、リスクを抑えつつ成長を加速させる上で非常に重要です。
日本の製造業への示唆
今回の事例から、日本の製造業が学ぶべき点は多岐にわたります。以下に要点を整理します。
1. サプライチェーンの恒常的なリスク評価:
地政学リスクやパンデミックといった外部環境の変化は、もはや一過性のイベントではありません。事業継続計画(BCP)の一環として、自社のサプライチェーンの脆弱性を定期的に評価し、代替生産や代替調達の選択肢を常に準備しておく姿勢が不可欠です。
2. 「プラスワン」候補地の多角的な評価:
ベトナムやインド、メキシコなど、各候補地のメリット(人件費、市場規模、地理的条件)だけでなく、デメリット(インフラ、法制度、人材の質、カントリーリスク)を冷静に分析する必要があります。自社の製品特性、顧客の所在地、要求される品質・納期などを総合的に勘案し、最適な拠点戦略を策定することが求められます。
3. スピード感のある海外展開手法の検討:
グローバル市場での競争が激化する中、海外展開のスピードは成功の鍵を握ります。自社での工場新設という伝統的な手法に加え、M&Aや現地企業との合弁事業といった選択肢も柔軟に検討することで、より迅速かつ確実な海外拠点網の構築が可能になります。
4. 顧客との対話と連携:
サプライチェーンの変更は、コストや納期を通じて顧客に直接的な影響を及ぼします。生産拠点の移管などを検討する際には、計画の早い段階から主要顧客と密にコミュニケーションを取り、理解と協力を得ながら進めることが、ビジネス上の信頼関係を維持する上で極めて重要です。


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