「品質」の視点が育む製造業の次世代リーダー – ある元CEOの経験談に学ぶ

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日々の生産目標に追われる技術者が、偶然のきっかけで品質管理部門を経験したことで、経営的な視点を得るに至った事例を紹介します。専門性を深めるだけでなく、組織を俯瞰する視点をいかに養うか、人材育成のヒントを探ります。

生産現場の日常と「部分最適」の罠

スリランカのあるタイヤ製造会社の元CEOが、自身のキャリアを決定づけた「偶然の出来事」について語っています。彼は若い頃、生産部門の技術者として、日々の生産目標を達成することに全力を注いでいました。生産量や効率といった指標が最優先される環境で、彼の関心は自部門のオペレーションに集中していました。

これは、日本の多くの製造現場でも見られる光景ではないでしょうか。生産、開発、品質管理といった各部門が、それぞれのKPI(重要業績評価指標)達成を目指すあまり、知らず知らずのうちに視野が狭くなり、組織全体としての最適化、いわゆる「全体最適」の視点が失われがちです。目の前の課題に集中することは重要ですが、それが行き過ぎると部門間の壁を生み、サイロ化を招く原因にもなります。

予期せぬ異動と「品質管理」という新たな視点

彼の転機は、品質管理(QC)部門のマネージャーが突然退職したことでした。彼は上司から、後任が見つかるまでQC部門の責任者を兼務するよう命じられます。生産の人間にとって、品質管理は時に生産活動を制約する「目の上のたんこぶ」のような存在です。当初、彼はこの辞令を不本意に感じていたと言います。

しかし、この予期せぬ異動こそが、彼のキャリアを大きく変えることになりました。QCの責任者として働く中で、彼はこれまでとは全く異なる視点から自社の事業を眺めることになったのです。

品質管理の業務がもたらした「全体最適」への気づき

品質管理の仕事は、特定の工程だけを見るものではありません。原材料の受け入れから、各製造工程、そして最終製品の出荷に至るまで、製品ライフサイクルのすべてに関わります。さらに、市場に出た製品へのクレーム対応を通じて、顧客が自社製品をどのように使い、何を評価し、何に不満を持っているのかを直接知ることができます。

彼はこの経験を通じて、いくつかの重要な気づきを得ました。第一に、生産部門が重視する「量」と、品質管理部門が守るべき「質」は、対立するものではなく、顧客満足という共通の目標のために両立させねばならないということです。第二に、品質問題は一つの部門だけで解決できるものではなく、購買、開発、生産、営業といった全部門が連携して初めて解決できる、組織横断的な課題であるということです。

彼は、QCの立場から工場全体、ひいては事業全体を俯瞰することで、「部分最適」の考え方から脱却し、「全体最適」の視点を身につけていきました。これは、後に経営者となる彼にとって、極めて重要な原体験となったのです。

偶然をキャリア形成に活かす組織のあり方

この物語は、単なる一個人の成功体験ではありません。日本の製造業における人材育成のあり方を考える上で、多くの示唆に富んでいます。一つの分野の専門性を深く追求させるだけでなく、意図的に異なる部門、特にこれまでとは異なる視点を得られる部門を経験させることの重要性を示しています。

特に、生産技術や開発といった「モノを作る」部門の人間が、品質管理や生産管理、あるいは購買や営業といった、より広い視野を必要とする部門を経験することは、個人の成長を促すだけでなく、部門間の壁を取り払い、組織全体のコミュニケーションを円滑にする効果も期待できます。硬直化した組織に、新たな血流を生み出すきっかけとなり得るのです。

日本の製造業への示唆

今回の事例から、日本の製造業が実務レベルで参考にできる点を以下に整理します。

1. 専門性と俯瞰的視点の両立
一つの道を究める専門家育成は製造業の強みですが、将来の経営幹部や工場長を育成するためには、意識的に全体を俯瞰する機会を与える必要があります。特に品質管理部門は、サプライチェーン全体と顧客接点を持つため、技術者に経営的視点を養わせる上で最適な部署の一つと言えるでしょう。

2. 戦略的ジョブローテーションの再評価
形式的な部署異動ではなく、「視点を変える」ことを明確な目的とした戦略的なジョブローテーションが有効です。例えば、生産技術者が品質保証を、設計者が購買や原価管理を経験するなど、あえて専門外の領域に挑戦させることが、多角的な視野を持つ人材を育てます。

3. 「品質」を人材育成の軸に据える
品質管理部門を、単なる検査・監査部門と捉えるべきではありません。全部門と連携し、顧客の声に耳を傾ける組織の「ハブ」として位置づけ、次世代リーダー候補に経験させるべき重要なポストとして再定義することが求められます。

4. 偶然を活かす組織の柔軟性
予期せぬ欠員やトラブルは、通常業務の延長線上では得られない経験を積ませる好機となり得ます。困難な状況を、人材育成のチャンスと捉えて柔軟に人材を配置する発想が、経営層や管理職には必要ではないでしょうか。

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