研究開発・技術部門と、生産管理・製造部門。両者の分離は「現在の効率性」と「将来の利益」の間に必然的な緊張関係を生む、という指摘があります。これは多くの製造業の現場が日々直面する課題であり、その構造を理解することは組織運営の要諦と言えるでしょう。
部門間の「緊張関係」が生まれる本質的な理由
経済学者ルイス・ガリカーノ氏の指摘にあるように、「研究開発(技術)部門と生産管理(製造)部門を分離することで、現在の効率性と将来の利益の間に緊張関係が生まれる」という現象は、製造業における普遍的なテーマです。なぜなら、両部門が担う役割と、その成果を測る時間軸が本質的に異なるからです。
生産管理や製造の現場は、日々のQCD(品質、コスト、納期)の達成を使命としています。評価指標は生産性、歩留まり、稼働率といった「現在」の効率性を示すものが中心です。一方で、研究開発や生産技術といった技術部門は、新製品や新技術を創出し、数年先を見据えた「将来」の利益の種をまくことが役割です。その過程では、既存の生産ラインにない新しいプロセスを試すなど、短期的な効率を犠牲にすることも厭いません。
このように、時間軸とミッションが異なる両者がそれぞれの役割を全うしようとすれば、そこに意見の対立や緊張が生まれるのは、ある意味で健全な状態とも言えます。問題は、この対立が非生産的なものとなり、組織全体の成長を阻害してしまうことです。
日本の製造現場でよく見られる光景
この構造的な対立は、日本の製造現場においても様々な形で現れます。例えば、新製品の量産立ち上げの場面を想像してみてください。技術部門は、性能やデザインを優先した革新的な設計を提示します。しかし製造部門から見れば、それは「既存の設備では作りにくい」「公差が厳しすぎて歩留まりが安定しない」「特殊な部品の調達リードタイムが長すぎる」といった問題点として映ります。
技術部門は「未来の競争力のために挑戦すべきだ」と主張し、製造部門は「安定した生産で目先の利益を確保すべきだ」と反論する。こうしたやり取りは、多くの企業で繰り返されている光景ではないでしょうか。いわゆる「設計と現場の壁」の根源には、こうした各部門の役割と責任の違いが存在しているのです。
この緊張関係がうまく機能しない場合、組織は二つの極端な方向に振れがちです。ひとつは、製造現場の発言力が強く、革新的なアイデアが「作れない」という理由で次々と却下され、結果として製品の陳腐化を招くケース。もうひとつは、技術部門の独走を許し、製造現場の実情を無視した「作りづらい」製品ばかりが生まれ、量産段階で多大なコスト増や品質問題を引き起こすケースです。
分断を乗り越え、組織の力に変えるために
重要なのは、この緊張関係をどちらか一方の勝利で終わらせるのではなく、両者の視点を統合し、企業としてより高い次元の意思決定につなげていくことです。「現在の効率」を無視して「未来」はありませんし、「未来」への投資なくして企業の持続的な成長は望めません。このトレードオフを認識した上で、両部門がいかに連携できるかが問われます。
例えば、設計の初期段階から製造部門の担当者が参画するコンカレント・エンジニアリングの徹底や、DFM(Design for Manufacturability:製造容易性設計)の思想を組織文化として根付かせることが有効です。また、両部門のKPI(重要業績評価指標)に共通の目標を設定したり、部門間の人事交流を活発にしたりすることで、互いの立場への理解を深める仕組みも求められるでしょう。
最終的には、経営層がこの構造的な対立を深く理解し、両者のバランスを取りながら、時には短期的な効率の悪化を許容してでも未来への挑戦を後押しする、という強い意志を示すことが不可欠となります。
日本の製造業への示唆
今回の指摘から、日本の製造業関係者が得るべき示唆を以下に整理します。
- 構造的な対立の認識: 技術部門と製造部門の対立は、個人の資質や能力の問題ではなく、「現在の効率」と「将来の利益」という異なるミッションを背負うことから生じる構造的なものであると認識することが第一歩です。この対立そのものを無くそうとするのではなく、建設的な議論につなげるマネジメントが求められます。
- 評価制度と目標設定の重要性: 部門最適に陥る原因の多くは、部門ごとの評価制度にあります。製造部門の評価に「新製品立ち上げへの貢献度」を加えたり、技術部門の評価に「量産化後のコスト目標達成度」を盛り込むなど、部門を横断した共通の目標と評価の仕組みを設計することが有効です。
- 対話と連携の仕組み化: DFMやコンカレント・エンジニアリングといった手法は、単なる設計手法ではなく、部門間の対話と連携を促進するための「仕組み」です。設計初期から製造、品質保証、さらには調達部門の知見をいかに結集させるか。そのための公式・非公式な場の設定が企業の競争力を左右します。
- 経営層のリーダーシップ: このトレードオフの最終的な意思決定は経営層の役割です。短期的な収益と長期的な成長のどちらに軸足を置くのか、あるいは両立させるための具体的なリソース配分をどうするのか。明確なビジョンと方針を示し、組織内の健全な緊張関係を企業の推進力へと昇華させることが期待されます。


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