一見、製造業とは異なる分野に見えるイベント業界ですが、その成功の裏には我々にも通じる緻密な『生産管理』や『技術設計』の思想が存在します。本記事では、海外のイベントアワードを事例に、顧客体験という無形の価値をいかにして計画・実行・管理するかのヒントを探ります。
異業種から見る「生産」の概念
先日、インドのイベント業界で「WOW Live Awards」というアワードが設立されたという情報がありました。このアワードは、ライブイベントにおける優れた取り組みを表彰するものですが、その評価項目に「生産管理(Production Management)」や「技術設計(Technical Design)」といった、我々製造業の人間にとって馴染み深い言葉が含まれている点は非常に興味深いところです。イベントという、一回限りで再現性のないサービスを「生産」と捉え、そのプロセスや品質を管理・評価しようという試みは、示唆に富んでいます。
製造業における生産管理が、定められた品質、コスト、納期(QCD)で製品を安定的に作り上げることを主眼とするのに対し、イベント業界のそれは、定められた予算と時間の中で「顧客体験」という価値を最大化することに重点が置かれます。これは、多品種少量生産や受注生産といった、より顧客ごとの個別要求に応えることが求められる現代の製造業のあり方にも通じるものがあると言えるでしょう。
製造業における「管理」との共通点と相違点
このアワードで評価される「生産管理」とは、企画から実行、撤収に至るまでの一連のプロセスを、人・モノ・金・情報を駆使して最適化する活動を指すと考えられます。これは工場の生産管理と本質的には同じです。しかし、対象が物理的な製品ではなく、「体験」という無形の価値である点が大きく異なります。
また、「技術設計」という言葉も示唆的です。製造業では製品の機能や性能、構造を設計しますが、イベントにおける技術設計は、音響・照明・映像(Audio-Visual)といった要素を駆使して、参加者の感情に訴えかける空間や時間を設計することを意味します。この「体験を設計する」という発想は、製品のユーザーインターフェース(UI)やユーザーエクスペリエンス(UX)の設計、あるいは工場見学やショールームのあり方を考える上で、大いに参考になる視点です。
「体験価値」を組み込むプロセス
さらに、「オーディオビジュアル・ストーリーテリング」や「会場体験」といった項目は、現代の製造業が向き合うべき課題を浮き彫りにします。それは、単に優れた機能を持つ製品を作るだけでなく、その製品を通じて顧客にどのような物語を伝え、どのような価値を提供するか、という視点です。BtoBの製造業においても、自社の技術や製品の価値を、単なる仕様の羅列ではなく、顧客の課題解決につながる一つの「物語」として提示する能力が、競争力を左右する時代になっています。
展示会への出展や顧客への技術説明会といった場面を想像してみてください。我々は往々にして技術の優位性やスペックを説明することに終始しがちですが、それを一つの「体験」として設計し、顧客の記憶に深く刻み込むような工夫は、まだまだ改善の余地があるのではないでしょうか。
日本の製造業への示唆
今回の異業種の事例から、日本の製造業が学ぶべき点は少なくありません。以下に要点と実務への応用案を整理します。
要点:
- 生産管理の対象拡大: 従来のQCDに加え、「顧客体験」という無形の価値を管理対象とする視点を持つことが、付加価値向上につながります。
- 技術設計の再定義: 製品の機能設計だけでなく、顧客が製品を使用する一連のプロセスにおける「体験」を設計するという発想が重要性を増しています。
- 価値伝達手法の高度化: 技術や製品の価値を、ストーリーテリングや体験設計といった手法を用いて、より効果的かつ情緒的に伝える工夫が求められます。
実務への示唆:
- 工場見学のアップデート: 単なる工程紹介の場から、企業の理念や技術力を「体験」できるショーケースへと再設計する。例えば、VR/AR技術を活用した没入感のある説明や、製品が実際に社会で活躍する様子を伝えるストーリー仕立ての演出などが考えられます。
- 展示会・商談の進め方: 製品デモに、顧客が抱える課題を解決していく「物語」の要素を取り入れ、来場者が自社の成功を具体的にイメージできるような体験を提供する。
- 技術者教育への展開: 設計や開発に携わる技術者に対し、自らの技術が最終的に顧客にどのような体験価値をもたらすのかを意識させる研修プログラムを導入し、顧客視点でのモノづくりを徹底する。
異業種の取り組みを自社の文脈に置き換えてみることで、日々の業務改善や新たな価値創造のヒントが見つかるかもしれません。


コメント