近赤外(NIR)技術を用いたリアルタイム水分計測が、製造プロセスの効率化とサステナビリティ向上に貢献するとして注目されています。本記事では、MoistTech社の事例などを参考に、この技術が日本の製造現場にもたらす具体的なメリットと実務上の示唆を解説します。
近赤外(NIR)技術による水分計測の仕組み
近赤外(Near-Infrared, NIR)分光法は、物質が特定の波長の近赤外線を吸収する性質を利用した分析技術です。特に水(H2O)分子は、特定の波長の近赤外線を強く吸収する特性を持っています。この原理を応用したのがNIR水分計で、製品にセンサーを向けて近赤外線を照射し、その反射光や透過光を分析することで、対象物の水分率を非接触・非破壊で瞬時に測定することが可能です。
従来の乾燥減量法のようにサンプルを採取して長時間乾燥させる必要がなく、生産ライン上を流れる製品を直接、連続的にモニタリングできる「インライン計測」に適している点が最大の特長です。これにより、製造プロセス全体の水分状態をリアルタイムで把握することが可能になります。
製造プロセスにおける水分管理の課題
食品、化学、製紙、建材、繊維など、日本の多くの製造業において、水分は製品の品質を左右する極めて重要な管理項目です。特に、原料の混合工程や製品の乾燥工程における水分管理は、最終製品の物性や保存性、そして生産コストに直結します。
例えば、乾燥工程では、乾燥が不十分だと品質不良(カビの発生、強度の低下など)を招き、後工程でのトラブルの原因となります。一方で、過剰な乾燥は、製品のひび割れや変質を引き起こすだけでなく、乾燥機を動かすためのエネルギー(ガス、電気、蒸気など)を無駄に消費し、製造コストを押し上げます。従来、この調整は熟練作業者の経験と勘に頼るか、時間のかかる抜き取り検査の結果を待って手動で行われることが多く、最適化には限界がありました。
リアルタイム計測がもたらすプロセスの最適化
MoistTech社のIR-3000シリーズのようなインラインNIRセンサーを導入することで、製造現場は大きな変革を遂げる可能性があります。リアルタイムで得られる正確な水分データは、具体的な改善アクションに直結します。
エネルギー消費の削減:乾燥工程の出口で製品の水分値を連続的に監視し、そのデータを乾燥機の熱源制御にフィードバックします。これにより、水分値が目標範囲内に収まるよう、常に最適なエネルギー投入量に自動調整することが可能となり、過剰な加熱によるエネルギーロスを大幅に削減できます。
材料ロスと不良率の低減:原料受け入れ時や混合工程で水分値を正確に把握することで、配合比率を常に一定に保つことができます。また、生産中の水分異常を早期に検知し、不良品が大量に発生する前に対策を打つことができるため、歩留まりの向上に繋がります。
品質の安定化とトレーサビリティ:全数検査に近い形で水分データを記録・蓄積することで、製品品質のばらつきを抑制し、均質性を高めることができます。これらのデータは品質保証の証跡(トレーサビリティデータ)としても活用でき、顧客からの信頼性向上にも貢献します。
日本の製造業への示唆
近赤外(NIR)技術を活用したインライン水分管理は、単なる品質管理手法の高度化に留まらず、経営課題であるコスト削減や環境負荷低減に直接的に貢献する有効な手段です。以下に、実務への示唆を整理します。
1. プロセスの再評価とボトルネックの特定:
自社の製造プロセスにおいて、水分管理が品質やコストのボトルネックとなっている工程はどこかを改めて洗い出すことが重要です。特に、エネルギーを大量に消費する乾燥工程は、投資対効果(ROI)を算出しやすく、優先的に検討すべき対象と言えるでしょう。
2. データに基づいたプロセス制御への移行:
熟練者の経験や勘は貴重な財産ですが、それに依存しすぎると技術伝承や安定生産に課題を残します。センサーから得られる客観的なデータを活用し、自動制御や標準化を進めることは、属人化からの脱却と生産性向上に向けた重要な一歩です。これは、工場のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の一環としても位置づけられます。
3. サステナビリティ経営の実践:
エネルギー効率の改善は、燃料費が高騰する昨今、直接的なコスト削減に繋がるだけでなく、CO2排出量の削減という企業の社会的責任(CSR)やSDGsへの貢献にも繋がります。水分管理の最適化は、経済合理性と環境配慮を両立させる具体的な打ち手となり得ます。
4. 導入時の留意点:
NIRセンサーの導入にあたっては、測定対象物の色や表面状態、設置環境などが測定精度に影響を与える場合があります。そのため、自社の製品やプロセスに適したセンサーを選定し、信頼できるメーカーのサポートのもとで適切な校正(キャリブレーション)を行うことが、成功の鍵となります。


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