MES(製造実行システム)大手のCritical Manufacturing社と、Linuxディストリビューション「Ubuntu」の開発元であるCanonical社が提携を発表しました。この動きは、工場の基幹システムであるMESを、より柔軟で拡張性の高いクラウドネイティブな環境で展開する選択肢が本格化することを示唆しています。
MESプロバイダーとLinux大手の提携
製造実行システム(MES)の主要プロバイダーであるCritical Manufacturing社が、Linuxディストリビューション「Ubuntu」で知られるCanonical社との提携を発表しました。この提携の目的は、製造業向けプラットフォーム、特にMESの導入・運用において、クラウドネイティブなアプローチをより容易に実現できるようにすることです。
日本の製造現場において、MESは長らく工場のサーバーに直接インストールする「オンプレミス型」が主流でした。しかし、今回の提携は、工場のITインフラのあり方が大きく変わる可能性を示しています。
「クラウドネイティブ」が製造現場にもたらす価値
今回の提携の核となるのが「クラウドネイティブ」という考え方です。これは、コンテナ技術(Dockerなど)やコンテナオーケストレーションツール(Kubernetes)といった技術を活用し、アプリケーションを特定のITインフラに依存しない形で構築・運用する手法を指します。
このアプローチがMESのような製造現場のシステムにもたらす主な利点は、以下の通りです。
拡張性(スケーラビリティ): 生産量の急な変動や新ラインの立ち上げに応じて、システムの処理能力を柔軟に増減させることができます。これにより、リソースの過剰投資を避けつつ、事業環境の変化に迅速に対応することが可能になります。
可搬性(ポータビリティ): オンプレミスのサーバー、プライベートクラウド、パブリッククラウド(AWS, Azure, GCPなど)といった異なる環境間で、システムを容易に移行・展開できます。これにより、企業のIT戦略や工場の状況に合わせて、最適なインフラを自由に選択できるようになります。
回復力(レジリエンス): システムの一部に障害が発生しても、サービス全体が停止しにくい堅牢なシステムを構築できます。これは、24時間稼働を続ける生産ラインの安定稼働に直結する重要な要素です。
産業グレードのセキュリティ要件への対応
工場のシステムをクラウド環境で運用する上で、最も懸念されるのがセキュリティです。特に、OT(制御技術)領域とIT(情報技術)領域の融合が進む中、サイバーセキュリティのリスクは増大しています。
今回の提携では、Canonical社が提供する「Ubuntu」のセキュリティ機能が重要な役割を担います。長期的なセキュリティパッチの提供や、産業システムに求められる厳しいセキュリティ基準への準拠を支援することで、製造業者が安心してクラウドネイティブ環境へ移行できる基盤を整えるとしています。これは、単なる利便性の追求だけでなく、工場の安全・安定稼働を担保するための現実的な解決策と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の提携は、海外のソフトウェアベンダー間の動きではありますが、日本の製造業にとっても重要な示唆を含んでいます。
1. MES導入・更新における選択肢の拡大:
これからMESの導入や更新を検討する企業にとって、従来のオンプレミス型だけでなく、クラウドネイティブなアプローチが現実的な選択肢として浮上してきます。特に複数の工場を持つ企業では、各拠点のシステムを標準化し、一元管理する上で大きなメリットが期待できます。
2. IT/OTインフラ戦略の見直し:
工場のITインフラを、今後どのように構築・運用していくべきか、長期的な視点で見直す必要性が高まっています。クラウド技術の活用は、設備投資の最適化や運用効率の向上に繋がる一方、それを支える技術や人材(特にITとOTの両方を理解する人材)の確保が課題となります。
3. スモールスタートの可能性:
クラウドネイティブなシステムは、小さく始めて需要に応じて拡張することが比較的容易です。全社一斉の導入ではなく、まずは特定のラインや工程で試験的に導入し、効果を検証しながら展開範囲を広げていく、といったアプローチが取りやすくなります。
4. セキュリティ意識の向上:
クラウドの利便性を享受するためには、これまで以上に高度なセキュリティ対策が不可欠です。工場ネットワークのセキュリティポリシーを見直し、インシデント発生時の対応体制を整備するなど、OTセキュリティへの取り組みを強化することが求められます。
今回の提携は、製造業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)が、単なるデータの可視化に留まらず、それを支えるITインフラの根幹から変革していく段階に入ったことを示す一つの象徴的な出来事と捉えることができるでしょう。


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