米国の薬価政策にみる「関税」と「事業戦略」の連動性 ― 製造業が学ぶべき教訓

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米国の製薬業界で、政府の関税政策と企業の価格設定が直接的に取引されるという事案がありました。これは、グローバルなサプライチェーンを持つ日本の製造業にとっても、決して他人事ではない重要な示唆を含んでいます。

米国政府と大手製薬会社の合意内容

先般、米国において大手製薬会社9社が政府との間で注目すべき合意に至りました。その内容は、製薬会社が米国の低所得者向け公的医療保険(メディケイド)の受給者に対し、「最恵国待遇」に相当する割引価格で医薬品を提供する見返りとして、政府が特定の関税を免除するというものです。

ここでいう「最恵国待遇」とは、通常は国家間の通商条約で用いられる言葉ですが、この文脈では「他国で販売している最も安い価格と同等まで薬価を引き下げる」という趣旨で使われています。つまり、企業の価格設定という事業の根幹に関わる領域に、政府が関税という政策手段を用いて直接的に介入した事例と言えます。

政策が事業に介入する構図とその背景

この合意の背景には、政府が「関税」という強力な交渉カードを使い、国内の重要課題である医療費の抑制(薬価の引き下げ)を実現しようという明確な意図が見て取れます。これは、自由な市場競争に委ねるだけでなく、政治的な判断が企業の経営戦略に大きな影響を及ぼす現代の経済環境を象徴する出来事です。

我々製造業に携わる者にとって、この構図は決して製薬業界に限った話ではありません。例えば、特定の国からの部品や素材の調達に対して、ある日突然、高い関税が課される可能性は常に存在します。逆に、国内での生産拡大や特定の技術開発に対して、政府が優遇措置を提示することもあります。こうした政治・政策の動向は、自社の調達戦略、生産拠点計画、そして最終的な製品コストや価格設定に直結する重要な経営リスクであり、同時に機会にもなり得るのです。

サプライチェーンとコスト構造への影響

製薬会社側の視点に立てば、今回の決断は関税によるコスト増と、薬価引き下げによる収益減を天秤にかけた、極めて実務的な経営判断であったと推察されます。特に、医薬品の原薬や中間体を海外からの輸入に大きく依存している企業にとって、関税の有無は製造コストを根本から揺るがしかねない重大事です。

この事例は、日本の製造業におけるサプライチェーンの在り方にも問いを投げかけます。特定の国や地域に部品や原材料の調達を依存している場合、その国の政策変更や国際関係の緊張が、即座に自社の生産活動を脅かすリスクとなります。調達先の多様化や代替材料の検討、重要部材の在庫水準の見直しといったサプライチェーンの強靭化(レジリエンス)は、平時からの継続的な取り組みが不可欠です。

日本の製造業への示唆

今回の米国の事例から、我々日本の製造業が実務レベルで汲み取るべき示唆を以下に整理します。

1. 地政学・政策変動リスクの常時監視
各国の通商政策、特に関税に関する動向は、もはや他人事ではありません。サプライチェーンの上流に位置する国々の政策変更が、自社のコスト構造や供給安定性にどのような影響を及ぼすかを常に把握し、シミュレーションしておく体制が求められます。

2. サプライチェーンの脆弱性評価と強靭化
自社のサプライチェーンにおいて、特定の国や一社への依存度が高い「チョークポイント」がないかを定期的に評価することが重要です。調達先の複線化や、場合によっては生産拠点の再配置といった、より踏み込んだ対策の検討も必要になるでしょう。

3. コスト構造の柔軟性と価格戦略
関税のような外部要因によるコスト変動を吸収できる、柔軟なコスト構造の構築が理想です。また、コスト上昇を適切に製品価格へ転嫁するための、顧客との関係性構築や、付加価値の高い製品開発も、これまで以上に重要な経営課題となります。

4. 官民連携と情報収集
政府の政策はリスクである一方、自社の事業戦略と合致する場合には大きな機会ともなり得ます。業界団体などを通じて政府へ働きかけるとともに、各種の補助金や税制優遇といった政策を積極的に活用する視点も、今後の工場運営や経営戦略において不可欠と言えるでしょう。

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