ベトナムの現地報道によると、同国の陶磁器業界が輸出を拡大する上で「原産地証明」の取得に苦慮していることが伝えられています。この事例は、自由貿易協定(FTA)を活用しグローバルに事業を展開する日本の製造業にとっても、決して他人事ではない重要な課題を示唆しています。
ベトナム陶磁器業界が直面する「原産地の壁」
ベトナムからの報道によれば、多くの陶磁器メーカーが輸出競争力を高めるため、各種の自由貿易協定(FTA)がもたらす関税優遇措置の活用を目指しています。しかし、その恩恵を受けるために不可欠な「原産地証明書(C/O: Certificate of Origin)」の取得が、大きな課題となっているようです。特に中小企業においては、複雑な原産地規則の理解や、証明に必要な生産管理体制、申請手続きに関する知見が不足しており、機会を逸するケースも少なくないと言います。これは、製品の品質や価格競争力とは別の次元で、輸出ビジネスの成否を分ける「見えざる障壁」の存在を浮き彫りにしています。
原産地証明が単なる事務手続きではない理由
原産地証明とは、製品がどの国で生産・製造されたかを証明する公的な書類です。これが重要となるのは、輸入国が課す関税率が、原産国によって大きく異なるためです。特に日本が多くの国・地域と結んでいるFTA/EPA(経済連携協定)を活用する場合、協定で定められた原産地規則を満たしていることをこのC/Oによって証明することで、通常よりも低い関税率(場合によってはゼロ)の適用を受けることができます。価格競争が厳しい国際市場において、この関税メリットは受注を左右する極めて重要な要素です。つまり、原産地証明への対応は、単なる輸出時の事務手続きではなく、価格競争力に直結する経営課題と捉える必要があります。
製造現場と管理部門の連携が不可欠
原産地規則を満たしていることを証明するプロセスは、決して単純ではありません。例えば、「付加価値基準(製品価格に占める、協定国内での付加価値の割合)」や「関税番号変更基準(材料のHSコードと完成品のHSコードが規定通り変更されているか)」といった基準を満たす必要があります。これを証明するためには、製品の正確なコスト構造、全部品の使用部材とその原産国、そして製造工程を詳細に把握し、書類として立証しなければなりません。これは、輸出担当部署だけで完結するものではなく、調達部門によるサプライヤーからの情報収集、生産管理部門による部品表(BOM)の厳密な管理、そして製造現場における工程管理といった、社内の複数部門にまたがる緊密な連携が不可欠となります。サプライヤーに対して、部材の原産地情報の提出を依頼し、その正確性を担保することも実務上の大きな課題の一つです。
サプライチェーン全体の課題としての原産地管理
ベトナムの事例が示唆するように、原産地管理は自社内だけの問題ではありません。最終製品の原産地を証明するためには、その製品を構成する部品や原材料の原産地まで遡って管理する必要があります。つまり、サプライチェーン全体でのトレーサビリティと情報連携が求められるのです。近年、経済安全保障の観点や、特定の国・地域への過度な依存を避けるサプライチェーンの強靭化が叫ばれる中、自社製品の「成り立ち」を正確に把握し、対外的に説明できる能力は、リスク管理や顧客からの信頼獲得の面でもますます重要になっています。
日本の製造業への示唆
今回のベトナムの事例から、日本の製造業が改めて認識すべき要点を以下に整理します。
1. FTA活用の前提条件としての認識:
原産地証明対応は、FTAによる関税メリットを享受するための「入場券」です。これをコストのかかる事務手続きと捉えるのではなく、グローバル市場での価格競争力を確保するための戦略的な投資と位置づける視点が求められます。
2. 全社的な管理体制の構築:
原産地規則への対応は、特定の部署の仕事ではありません。調達、生産管理、製造、経理、営業といった部門間の垣根を越え、必要な情報を正確かつ迅速に連携できる仕組みと責任体制を構築することが不可欠です。
3. サプライチェーンの可視化と連携強化:
自社だけでなく、サプライヤーも含めたサプライチェーン全体で原産地情報を管理する視点が重要です。サプライヤーとの協力関係を深め、必要な情報を円滑に入手できる体制を整えることが、安定した輸出ビジネスの基盤となります。
4. システム化と人材育成の推進:
複雑化する各協定の原産地規則に人手だけで対応するには限界があります。製品の部品構成や原価情報を一元管理するITシステムを整備・活用するとともに、規則を正しく理解し、実務を遂行できる人材の育成も計画的に進める必要があります。


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