半導体の受託製造(ファウンドリ)市場は、長らく台湾のTSMCがその地位を確固たるものとしてきました。しかし近年、米インテルが国家的な支援を背景に猛追を見せています。この半導体業界の地殻変動は、日本の製造業のサプライチェーンや事業戦略にも大きな影響を及ぼす可能性があります。
揺るぎない王者、TSMCの強み
元記事が指摘するように、TSMCは先端半導体の製造において、疑いのないリーダーとして君臨しています。その強みは、最先端の微細化プロセス技術を他社に先駆けて量産化する技術力にあります。3ナノ、2ナノといった次世代プロセスへの継続的な巨額投資は、競合の追随を容易に許しません。また、特定の顧客に依存しない「専業ファウンドリ」というビジネスモデルを貫くことで、世界中の半導体設計企業から厚い信頼を得ており、強固なエコシステムを築き上げています。日本においても、熊本に大規模工場(JASM)を建設したことは記憶に新しく、これは日本の半導体関連産業にとって重要なパートナーであることを示しています。
巻き返しを図るインテルの挑戦
一方、長年プロセッサの設計・製造で業界をリードしてきたインテルは、「IDM 2.0」戦略を掲げ、ファウンドリ事業への本格参入による巻き返しを図っています。元記事の情報は、こうしたインテルの戦略転換が投資家から一定の評価を受け始めていることを示唆しているのでしょう。インテルの挑戦の背景には、米国のCHIPS法に代表される国家レベルでの強力な後押しがあります。自国や欧州での大規模な工場建設を進め、経済安全保障の観点からサプライチェーンを再構築しようという大きな流れに乗っているのです。かつて日本の多くの電機メーカーが得意とした垂直統合型モデル(IDM)の巨人が、水平分業であるファウンドリ事業に本格的に乗り出すという動きは、製造業のビジネスモデルのあり方を考える上で非常に示唆に富んでいます。
技術覇権と地政学が絡み合うサプライチェーン
インテルとTSMCの競争は、単なる企業間のシェア争いにとどまりません。その背景には、米中間の技術覇権争いや、パンデミックを経て顕在化したサプライチェーンの脆弱性といった、地政学的な要因が複雑に絡み合っています。各国が半導体を「戦略物資」と位置づけ、国内生産能力の確保に躍起になっているのが現状です。日本も例外ではなく、ラピダス(Rapidus)の設立やTSMCの工場誘致は、この大きな文脈の中で理解する必要があります。製造業に携わる我々としては、これまで当たり前であった台湾や韓国を中心としたアジアへの生産依存という構造が、今後変化していく可能性を常に念頭に置かなければなりません。自社の製品に不可欠な半導体の調達先をどう多様化していくか、改めて見直す時期に来ていると言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
この半導体業界の大きな変化は、日本の製造業にとって重要な示唆を与えてくれます。以下に要点を整理します。
1. サプライチェーンの再評価と強靭化:
半導体の調達において、TSMC一強からインテルという新たな選択肢が本格的に加わる可能性があります。地政学リスクを考慮し、特定地域への依存度を下げ、調達ルートを多様化する検討が不可欠です。また、日本国内での生産能力向上(ラピダスやJASMなど)の動きを注視し、これを自社のサプライチェーン戦略にどう組み込むかを考える必要があります。
2. ビジネスモデル変革のヒント:
インテルのように長い歴史を持つ巨大企業でさえ、従来の成功モデルに固執せず、市場環境の変化に対応して事業のあり方を大胆に変革しようとしています。これは、自社のコア技術は何か、その技術を活かせる新たな市場やビジネスモデルは何か、を常に問い続けることの重要性を示しています。
3. 先端技術動向の継続的な把握:
半導体は、自動車、産業機械、家電など、あらゆる製品の競争力を左右する基幹部品です。両社の微細化競争の行方や、チップレットに代表される後工程・実装技術の進化は、自社の将来の製品開発に直結します。技術動向を継続的に把握し、自社の技術戦略に反映させていく視点が求められます。
4. 国内エコシステムへの貢献と活用:
日本国内で再び半導体製造への機運が高まっています。これは、半導体製造装置や材料メーカーにとっては直接的な事業機会であり、半導体ユーザー企業にとっても国内で先端品を調達できる好機となり得ます。この動きを他人事と捉えず、国内サプライヤーとの連携強化や共同開発などを通じて、国内エコシステムの再構築に主体的に関わっていくことが、ひいては自社の競争力強化に繋がるでしょう。


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