大手製薬企業サノフィが米国政府と医薬品価格引き下げで合意したとの発表がありました。このニュースは単なる薬価の問題に留まらず、製造業の根幹である生産能力の国内回帰やサプライチェーン強靭化という、より大きなテーマを我々に投げかけています。
背景にある国家安全保障としてのサプライチェーン
近年、グローバルに展開されたサプライチェーンは、効率性とコスト削減を追求する一方で、パンデミックや地政学的な緊張によってその脆弱性を露呈しました。特に、国民の生命と健康に直結する医薬品の安定供給は、多くの国で経済安全保障上の重要課題として認識されるようになっています。今回のサノフィと米国政府の合意も、こうした大きな文脈の中で理解する必要があります。
価格と国内生産能力の「取引」
プレスリリースの断片には、「製造施設の増強」「新たな供給能力の構築」「製造パートナーシップの拡大」といった言葉が見られます。これは、サノフィが薬価引き下げに応じる一方で、米国政府が同社の米国内における生産基盤強化を後押しする、あるいはサノフィ自身がそれを約束することで、一定の事業環境の安定を得るという、一種の「取引」があったことを示唆しています。政府としては、重要医薬品の国内生産能力を確保することで、有事の際の供給途絶リスクを低減したいという狙いがあるのでしょう。これは、単なる価格交渉ではなく、国の産業政策と企業の事業戦略が交差する、官民連携の一つの姿と言えます。
国内生産拠点の価値再評価
これまで多くの製造業では、コスト効率を最優先し、生産拠点の海外移転や外部委託(アウトソーシング)を進めてきました。しかし、今回の事例は、生産拠点を国内に持つことの戦略的な価値を改めて浮き彫りにしています。国内の工場は、単に製品を生み出す場であるだけでなく、有事の際の供給責任を果たすための「砦」であり、サプライチェーンの強靭性を担保する重要な資産です。短期的なコスト効率だけでなく、事業継続計画(BCP)やリスク管理の観点から、国内生産能力の維持・強化を再評価する時期に来ているのではないでしょうか。これは医薬品に限らず、半導体や重要部素材など、幅広い業種に共通する課題です。
日本の製造業への示唆
今回のサノフィの事例から、日本の製造業が学ぶべき点は少なくありません。以下に要点と実務的な視点を整理します。
要点
- サプライチェーンの再設計:コスト一辺倒の評価軸から脱却し、地政学リスクや供給の安定性を考慮したサプライチェーンの再設計が不可欠です。供給元の多様化や、重要品目の国内生産への回帰が現実的な選択肢となります。
- 国内生産能力の戦略的価値:国内の製造拠点は、コストセンターとしてだけでなく、事業継続と安定供給を担う戦略的資産として再定義する必要があります。その価値を経営層が正しく認識し、必要な投資判断を行うことが求められます。
- 官民連携の積極活用:日本でも経済安全保障推進法をはじめ、国内の生産基盤強化を支援する政策が打ち出されています。自社の事業戦略と国の政策を同期させ、補助金や税制優遇などを積極的に活用していく視点が重要です。
実務への示唆
現場レベルでは、まず自社の製品に関わるサプライチェーン全体を可視化し、どこにリスクが潜在しているかを洗い出す作業から始めるべきでしょう。特に、特定の国や地域に依存している部材や原材料については、代替調達先の検討や在庫戦略の見直しが急務です。また、国内での生産能力増強や新規拠点設立を検討する際には、短期的な投資対効果だけでなく、長期的なリスク低減効果や、政府の支援策活用による事業機会の拡大といった多角的な視点から評価することが、これからの工場運営や経営判断において極めて重要になると考えられます。

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