米国の医薬品開発製造受託機関(CDMO)大手Catalent社が、FDA(米国食品医薬品局)の査察で製造上の重大な懸念を指摘されました。本件は、特に高度な品質管理が求められる医薬品製造において、製造委託先の管理がいかに重要であるかを示唆しています。日本の製造業にとっても、自社の品質保証体制やサプライヤー管理を見直す上で重要な教訓となるでしょう。
大手CDMOに突きつけられたFDAの厳しい指摘
2024年4月、米国のCDMO(医薬品開発製造受託機関)大手であるCatalent社は、メリーランド州にある2つの遺伝子治療薬製造施設においてFDA(米国食品医薬品局)による査察を受け、製造管理上の複数の問題点を指摘されました。この指摘は、査察後に発行される公式文書「Form 483」に詳細が記載されています。これらの工場は、Sarepta Therapeutics社が開発したデュシェンヌ型筋ジストロフィーの遺伝子治療薬「Elevidys」の製造を担っており、Sarepta社が同薬の適用拡大を目指す重要な時期での指摘となりました。
クロスコンタミネーションと微生物管理の不備
FDAの指摘の中でも特に深刻なのは、Harmansにある工場で確認された製造管理の基本的な不備です。報告書によると、Elevidysの製造区域から、他の顧客向けに製造された商業用のウイルス製品が発見されました。これは「クロスコンタミネーション(交差汚染)」のリスクを意味し、製品の純度と安全性に直接関わる極めて重大な問題です。多品種の製品を一つの施設で製造する場合、製品切り替え時の徹底した洗浄・清掃と、区域管理の厳格な運用が不可欠ですが、その管理体制に不備があった可能性が示唆されています。
さらに、同工場では環境モニタリングで微生物が頻繁に検出されていたにもかかわらず、その根本原因の調査や是正措置が不十分であったことも問題視されました。日本の製造現場においても環境モニタリングは日常的に行われていますが、重要なのは異常が検出された後の対応です。原因を特定し、再発を防止する一連のプロセス(CAPA:是正措置・予防措置)が適切に機能していなければ、品質保証体制は形骸化してしまいます。今回の事例は、そのプロセスの実効性が問われたものと言えるでしょう。
無菌操作とプロセスのバリデーションにおける課題
もう一方のBaltimoreの施設では、特に無菌製造工程に関する管理体制の不備が指摘されました。具体的には、無菌性を保証するための製造プロセスバリデーション(工程が意図した結果をもたらすことを科学的に検証・文書化すること)が不十分であると判断されました。また、作業員の無菌操作、例えば更衣(ガウニング)や手袋の完全性といった、基本的な動作に対する管理にも懸念が示されています。
高度な清浄度が求められる医薬品や電子部品などの製造現場では、作業員一人ひとりの動作が製品品質を左右します。手順書を整備するだけでなく、その手順が本当に無菌性や清浄度を保証できるものか、そして全ての作業員が手順を遵守できているかを継続的に検証し、教育訓練を重ねていくことの重要性を改めて認識させられます。
事業戦略の根幹を揺るがす品質問題
Sarepta社にとって、今回の製造委託先での問題は、Elevidysの適用拡大に向けた承認審査に影響を及ぼしかねない、深刻な事態です。これは、いかに優れた製品や技術を持っていても、それを安定的に製造する品質保証体制が伴わなければ、事業戦略そのものが頓挫するリスクがあることを示しています。特に、自社の重要製品の製造を外部のCDMOに委託する場合、委託元はサプライヤーの品質管理能力を継続的に評価し、パートナーとして品質を維持向上させていく責任を負います。サプライヤー選定時の評価だけでなく、定期的な監査やコミュニケーションを通じて、製造現場の実態を把握し続けることが不可欠です。
日本の製造業への示唆
今回のCatalent社の事例は、米国の医薬品業界に限った話ではありません。日本の製造業が学ぶべき、実務的な示唆が多く含まれています。
1. 品質保証は「日常管理」の地道な積み重ね
FDAの指摘は、クロスコンタミネーション防止、微生物管理、作業員の基本動作といった、製造現場における基本的な管理項目に集中しています。最新の自動化設備やデジタル技術の導入も重要ですが、品質の根幹を支えるのは、日々の5S、標準作業の遵守、洗浄・清掃といった地道な活動の徹底であることを再認識すべきです。基本が疎かになっていては、どのような先進技術も意味を成しません。
2. 逸脱管理とCAPAプロセスの実効性
問題が起きた際に、その場しのぎの対応で終わらせず、真の根本原因を追究し、有効な再発防止策を講じて定着させるCAPAの仕組みが、組織に根付いているかが問われます。「なぜなぜ分析」などを通じて本質的な原因に辿り着き、対策の実効性を検証するサイクルが形骸化していないか、自社のプロセスを点検することが推奨されます。
3. 製造委託先(サプライヤー)管理の高度化
サプライチェーンが複雑化し、外部委託が増える中で、委託先の品質管理は自社の事業継続性を左右する重要な要素です。契約書面の確認だけでなく、実際に委託先の工場を訪れて現場を確認する監査の重要性は増しています。品質問題に関する情報をオープンに共有し、共に改善を進めるパートナーシップを築けているか、自社のサプライヤー管理体制を見直す良い機会となるでしょう。
4. 人と組織文化の重要性
今回の指摘には、作業員の無菌操作といった人的要因が多く含まれていました。品質はルールや設備だけで保証されるものではなく、そこで働く人々の意識とスキルに大きく依存します。継続的な教育訓練はもちろんのこと、品質を最優先する組織文化を醸成していくことが、経営層から現場リーダーまで全ての階層に求められる責務です。


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