スイス製薬大手ノバルティス、米国に約400億円の新工場を計画 ― サプライチェーンの現地化と安定供給への布石か

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スイスの製薬大手ノバルティスが、米国テキサス州に約2.8億ドル(約400億円)規模の製造拠点を新設する計画を進めていることが明らかになりました。この動きは、医薬品の安定供給とサプライチェーンの強靭化を目的とした、先進国における生産回帰・現地化の一環と捉えることができます。

世界的な製薬企業による米国への大型投資

世界第8位の規模を誇るスイスの製薬企業ノバルティスが、米国テキサス州デントンに2億8000万ドル規模の製造工場を新設する計画を立てています。為替レートにもよりますが、日本円にして約400億円に相当する大型投資であり、同社の北米市場における生産能力を大きく引き上げるものと見られます。

投資の背景にあるサプライチェーン戦略

今回の計画の背景には、近年の世界情勢を反映したサプライチェーン戦略の転換があると推察されます。新型コロナウイルスのパンデミックや地政学的な緊張の高まりを受け、多くのグローバル企業は、生産拠点を一箇所に集中させるリスクを再認識しました。特に医薬品は国民の生命に直結する戦略物資であり、安定供給の重要性は論を俟ちません。

これまで多くの企業は、コスト効率を最優先し、生産拠点をアジアなどに移管してきました。しかし、近年は物流の混乱や通商問題などのリスクが顕在化し、主要消費地に近い場所で生産を行う「リショアリング(国内回帰)」や「ニアショアリング(近隣国への移管)」の動きが活発化しています。世界最大の医薬品市場である米国に大規模な生産拠点を構えることは、まさにこの流れに沿った戦略的な判断と言えるでしょう。リードタイムの短縮、輸送コストの削減、そして何よりも供給の安定化という大きなメリットが期待されます。

日本の製造業から見た視点

このノバルティスの動きは、医薬品業界に限った話ではありません。半導体や自動車、精密機器など、日本の製造業が強みを持つ多くの分野においても、サプライチェーンの再構築は喫緊の経営課題となっています。米国のインフレ削減法(IRA)のように、各国政府が自国内での生産を優遇する政策を打ち出しており、生産拠点の立地戦略そのものが企業の競争力を左右する時代になりました。

我々日本の製造業としても、コストのみを追求した海外生産戦略を再評価する時期に来ているのかもしれません。自社の製品にとって最も重要な市場はどこか、そしてその市場への安定供給をどう確保するか。地政学リスク、為替変動、各国の政策動向といった複雑な要素を考慮しながら、グローバルな生産体制を最適化していく必要があります。今回のノバルティスの事例は、そうした戦略を考える上での一つの重要な参考事例となるはずです。

日本の製造業への示唆

今回のニュースから、日本の製造業関係者が得るべき示唆を以下に整理します。

1. サプライチェーンの再評価と強靭化:
パンデミックや地政学リスクを経て、グローバルサプライチェーンの脆弱性が明らかになりました。コスト効率だけでなく、供給の安定性やリードタイムといった観点から、生産拠点の配置を再評価することが不可欠です。特に重要部材や最終製品については、主要市場内での生産(マーケット・イン生産)の重要性が増しています。

2. 「経済安全保障」の視点:
医薬品や半導体など、国家の安全保障に直結する製品分野では、生産の国内回帰や同盟国・友好国への移管を促す政策が世界的に強まっています。自社の事業がこうした分野に関わる場合、各国の政策動向を注意深く見守り、事業継続計画(BCP)に生産拠点の地理的分散を組み込むことが求められます。

3. 投資判断基準の多角化:
かつては人件費や部材コストが工場立地の主要な判断基準でした。しかし今後は、安定供給への貢献度、技術流出のリスク、現地での人材確保の容易さ、政府からのインセンティブといった、より多角的な視点での投資判断が重要になります。ノバルティスの米国への大型投資は、こうした複合的な判断の結果と見ることができます。

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