オーストラリアの造船大手オースタル社は、30年以上にわたる船舶建造の経験を基に、インダストリー4.0の概念を全面的に取り入れた「スマート造船所」の実現を進めています。本稿では、同社の先進的な製造アプローチを紐解き、日本の製造業が学ぶべき点を考察します。
はじめに:伝統的産業におけるデジタル変革の挑戦
オースタル社は、商用および防衛用途のアルミニウム製高速船の設計・建造で世界をリードする企業の一つです。オーストラリア、米国、フィリピン、ベトナムに大規模な生産拠点を持ち、長年にわたり複雑な仕様要求に応えてきました。同社が近年注力しているのが、設計から生産、サプライチェーンに至るまで、造船プロセス全体をデジタル技術で最適化する「スマート造船所」構想です。これは、一品一様の受注生産が基本となる造船業において、いかに生産性と品質を向上させるかという課題に対する、一つの先進的な回答と言えるでしょう。
設計から生産までを繋ぐ「デジタルスレッド」
オースタル社の取り組みの中核には、設計情報を製造現場の隅々まで一気通貫で活用する「デジタルスレッド」という考え方があります。まず、すべての船舶は3Dモデルで詳細に設計され、このデジタルデータが生産のあらゆる工程のマスター情報となります。例えば、鋼材の切断データは設計モデルから直接生成され、自動切断機に送られます。また、組立工程では、作業者がタブレットやAR(拡張現実)グラスを通じて3Dモデルを確認しながら、正確な位置決めや部品の取り付けを行うといった活用が進められています。
日本の製造現場でも、3D CADの導入は一般的になりましたが、そのデータが設計部門内にとどまり、後工程で十分に活用されていないケースは少なくありません。設計データを製造、検査、さらにはサプライヤーとの連携にまで活かすことで、手戻りの削減やリードタイムの短縮に大きな効果が期待できます。
データ駆動型の生産管理と自動化技術
広大な造船所の現場では、多くの部材や作業チームが複雑に行き交います。オースタル社では、こうした現場の状況をリアルタイムに把握するため、先進的なデータ活用を進めています。例えば、部材や工具、さらには作業者に至るまで、位置情報を追跡するモーション・トラッキング・システムを導入。これにより、管理者はどの部材がどこにあり、どの工程が計画通りに進んでいるかを正確に把握でき、問題発生時にも迅速な対応が可能になります。これは、生産の進捗を「見える化」し、勘や経験だけに頼らない、データに基づいた工場運営を実現する好例です。
また、溶接やパネルの組み立てといった反復的な作業には、積極的に自動化技術を導入しています。特に、長大な溶接ラインを持つパネルラインの自動化は、品質の安定化と生産効率の向上に大きく貢献しています。重要なのは、単にロボットを導入するだけでなく、前述のデジタル設計データと連携させることで、多品種の製品にも柔軟に対応できる自動化システムを構築している点です。
サプライチェーンとの連携と人材育成
スマート造船所の実現には、自社内だけでなく、数多くのサプライヤーとの連携も不可欠です。オースタル社は、主要なサプライヤーとデジタルプラットフォームを通じて情報を共有し、部品の納期管理や在庫の最適化を図っています。これにより、部品不足による生産遅延のリスクを低減し、サプライチェーン全体の効率化を推進しています。
同時に、こうした新しい技術を現場で使いこなすための人材育成にも力を入れています。新しいツールの操作訓練はもちろんのこと、従業員がデータを見て自ら改善提案を行えるような、データドリブンな企業文化の醸成が、持続的な競争力強化の鍵であると認識しているのです。
日本の製造業への示唆
オースタル社の事例は、日本の製造業、特に個別受注生産や多品種少量生産を行う企業にとって、多くの実務的な示唆を与えてくれます。
1. 個別受注生産におけるDXの可能性:
造船のような一品一様の製品であっても、設計から製造に至るプロセスをデジタルデータで標準化・連携させることで、大幅な効率化が可能であることを示しています。これは、産業機械やプラント、建設など、類似の生産形態を持つ日本の多くの企業にとって、DX推進の具体的な目標となり得ます。
2. 「つながる工場」の実現:
設計、調達、生産、品質管理といった各部門が持つデータを分断させず、「デジタルスレッド」として一貫して活用することの重要性を示唆しています。部分最適から全体最適へと発想を転換し、情報連携の仕組みを構築することが、競争力を高める上で不可欠です。
3. 現場起点のデータ活用:
リアルタイムでの進捗管理や位置情報の追跡は、現場の状況を正確に「見える化」し、管理者の迅速な意思決定を助けます。日本の製造現場が持つ「カイゼン」の文化と、こうしたデジタルツールを融合させることで、より高度なレベルでの現場改善が期待できるでしょう。
4. 技術と人への両輪での投資:
先進的な設備やシステムを導入するだけでは、その効果を最大限に引き出すことはできません。従業員が新しい技術を積極的に学び、活用できる環境を整え、スキルアップを支援していくという、人への投資が伴って初めて、真の変革が実現します。


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