米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の見直しが、北米のサプライチェーンを強化する好機として注目されています。この動きは、地政学リスクが高まる中で、地域経済連携のあり方を考える上で、日本の製造業にとっても重要な示唆を与えてくれます。
北米で進むUSMCAの見直し議論
米国、メキシコ、カナダの3カ国による自由貿易協定であるUSMCA(United States-Mexico-Canada Agreement)について、その見直しが北米地域のサプライチェーンを強化する機会になるとの指摘がなされています。元記事で紹介されている農業貿易政策研究所(IATP)は、特に食品サプライチェーンの文脈で、3カ国がより連携を深めるべきだと主張しています。
USMCAは、NAFTA(北米自由貿易協定)に代わるものとして2020年に発効しました。この協定には、6年ごとに共同見直しを行う規定が盛り込まれており、最初の見直しが2026年に予定されています。今回の議論は、この定期見直しを視野に入れた動きと捉えることができます。
協定見直しがサプライチェーンに与える影響
貿易協定の見直しは、単なる関税率の変更に留まりません。特にUSMCAは、自動車分野における原産地規則の厳格化など、企業のサプライチェーン構築に直接的な影響を与える規定を当初から含んでいました。例えば、一定割合以上の部品を域内で調達しなければ関税優遇を受けられないといったルールは、部品メーカーの選定や生産拠点の配置戦略を左右します。
今回の見直し議論の背景には、コロナ禍や近年の国際情勢の不安定化を通じて、サプライチェーンの脆弱性が世界的に認識されたことがあります。そのため、単なる貿易の自由化促進だけでなく、サプライチェーンの「強靭化(レジリエンス)」や「安定化」といった、経済安全保障の視点がより強く意識されています。元記事が指摘する食品分野はもちろんのこと、半導体やEV(電気自動車)関連、医薬品といった戦略物資のサプライチェーンを、政治的に安定した地域内で完結させようという大きな潮流の一部と考えるべきでしょう。
日本の製造業における視点
この北米での動きは、日本の製造業、特に現地に生産・販売拠点を持つ企業にとって決して他人事ではありません。自動車産業やその部品メーカー、建設機械、電機メーカーなど、多くの企業がUSMCAのルールに基づいて事業活動を行っています。今後の見直し交渉の結果、原産地規則がさらに変更されたり、環境や労働に関する新たな基準が盛り込まれたりする可能性も否定できません。
こうした動きは、自社の調達・生産戦略を定期的に見直す必要性を示唆しています。どのサプライヤーから、どの部品を、どこで調達・生産するのが最適かという判断は、関税率だけでなく、こうした地域協定のルール変更という変数も考慮に入れなければなりません。これは北米に限った話ではなく、日本が加盟するCPTPP(TPP11)やRCEPといった他の経済連携協定においても、将来的な運用変更や見直しの可能性を常に念頭に置いておくことが、グローバルな事業運営において不可欠です。
日本の製造業への示唆
今回のUSMCAを巡る動向から、日本の製造業が得られる実務的な示唆を以下に整理します。
1. 経済連携協定の動向監視と情報収集
自社の事業に関連するFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)の運用状況や、見直しの動きを、事業リスクの一つとして継続的に監視する体制が求められます。特に、主要な輸出先や生産拠点がある地域の協定は重要です。政府や業界団体が発信する情報を注視し、早期に影響を分析することが肝要です。
2. サプライチェーンの可視化とリスク評価
各協定の原産地規則などを踏まえ、自社のサプライチェーン全体を定期的に見直し、リスクを評価することが不可欠です。現在の調達網が協定の恩恵を最大限に活用できているか、また、将来のルール変更によってどのような影響を受ける可能性があるかを具体的に洗い出しておく必要があります。
3. 「強靭化」を前提とした調達・生産戦略
特定の国や地域への過度な依存は、地政学リスクや協定内容の変更によって大きな打撃を受ける可能性があります。サプライチェーンの複線化や、主要市場における域内調達比率の向上など、「強靭化」を意識した中長期的な戦略を検討することが、今後の重要な経営課題となります。USMCAの見直し議論は、こうした世界的な潮流を象徴する動きと捉えるべきでしょう。

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