昨今のサプライチェーンは、テクノロジーの進化、関税や地政学的な緊張、不安定な経済状況という複数の要因が絡み合い、従来とは比較にならないほど複雑なリスクに直面しています。本稿では、これらのリスク要因を整理し、日本の製造業が取るべき対策の方向性について考察します。
はじめに:サプライチェーンを取り巻く環境の変化
パンデミックを経て、多くの企業がサプライチェーンの脆弱性を痛感しました。しかし、現在我々が直面している課題は、単一の事象による混乱からの回復という単純なものではありません。元記事が指摘するように、テクノロジー、関税(地政学)、経済という3つの異なる領域の変動が同時に、そして相互に影響し合いながら、サプライチェーンのリスクを増幅させているのが実情です。これは、従来の調達部門や生産管理部門だけの取り組みでは対応しきれない、経営レベルでの課題と言えるでしょう。
要因1:テクノロジーがもたらす光と影
工場のスマート化やDXの推進は、生産性向上に大きく貢献する一方で、新たなリスクを生み出しています。特にサイバーセキュリティは深刻な問題です。かつては情報システム部門の課題と捉えられがちでしたが、今日では工場の生産設備そのものがネットワークに接続されています。ランサムウェアなどの攻撃を受ければ、生産ラインが停止し、事業継続そのものが脅かされる事態になりかねません。国内の製造拠点においても、被害事例は年々増加しており、決して対岸の火事ではありません。サプライヤーが攻撃の標的となり、部品供給が滞る「サプライチェーン攻撃」のリスクも考慮に入れる必要があります。
要因2:常態化する地政学リスクと関税問題
米中間の対立や欧州での紛争など、地政学的な緊張は世界各地で高まっています。これに伴う関税の引き上げや輸出入規制は、グローバルに展開されたサプライチェーンの前提を根底から揺るがします。特定の国や地域に調達を依存している場合、ある日突然、部品の入手が困難になったり、調達コストが急騰したりする可能性があります。長年にわたり最適化を追求してきた日本の製造業のサプライチェーンは、こうした政治的な変動に対して、必ずしも強靭とは言えない側面を持っています。調達先の国や地域の政治・経済情勢を常に把握し、代替調達ルートを確保しておくことの重要性が増しています。
要因3:不安定な経済状況が与える影響
世界的なインフレ、金利の変動、そして景気後退への懸念は、サプライチェーン全体に多大な影響を及ぼします。原材料価格の乱高下は製品コストを不安定にし、需要の急激な変動は在庫管理を困難にします。特に注意すべきは、取引先の経営状況です。経済が不安定化する局面では、体力の弱いサプライヤーが経営難に陥るリスクが高まります。日本の製造業は、多くの中小企業によって支えられています。主要なサプライヤーの信用情報を定期的に確認し、万が一に備えることは、安定した生産を維持するために不可欠です。
求められるリスク管理体制の高度化
これらのリスクは、それぞれが独立しているわけではなく、互いに影響し合います。例えば、地政学リスクがエネルギー価格を高騰させ、経済状況を悪化させる、といった具合です。したがって、リスク管理も、従来の縦割り組織ではなく、全社横断的な視点で行う必要があります。元記事が示唆するように、法務、コンプライアンス、監査といった部門が連携し、サプライチェーン全体を俯瞰してリスクを評価・分析する体制が求められます。サプライヤー選定においても、従来のQCD(品質、コスト、納期)だけでなく、事業継続性、財務健全性、サイバーセキュリティ対策、さらには人権や環境といったESGの観点からの評価が、今後ますます重要になるでしょう。
日本の製造業への示唆
本稿で見てきた複合的なリスクに対し、日本の製造業は以下の点を再確認し、具体的な行動に移すことが肝要です。
1. サプライチェーンの可視化と多元化の徹底
自社のサプライチェーンを、ティア1(一次取引先)だけでなく、ティア2、ティア3に至るまで可能な限り可視化することが第一歩です。その上で、特定の国や一社のサプライヤーに依存する「一本足打法」のリスクを評価し、調達先の多元化や国内回帰(リショアリング)を戦略的に検討する必要があります。
2. サイバーセキュリティの経営課題としての認識
工場のセキュリティ対策を、IT部門や現場任せにせず、経営層が主導して投資と体制構築を進めるべきです。これは、品質管理や安全管理と同様に、ものづくりの根幹を支える重要な経営課題です。
3. シナリオベースでの事業継続計画(BCP)の見直し
「特定の国からの輸入が停止する」「主要サプライヤーがサイバー攻撃で操業停止する」といった、起こりうる複数のリスクシナリオを想定し、事業継続計画(BCP)をより実践的なものへと見直すことが求められます。机上の空論で終わらせず、定期的な訓練を通じて実効性を高めることが重要です。
4. サプライヤーとの連携強化
リスクは自社だけで管理できるものではありません。主要なサプライヤーと平時から密に情報交換を行い、リスク情報を共有し、ともに対策を講じる協力関係を築くことが、サプライチェーン全体を強靭化する鍵となります。

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