ファクトリーオートメーション(FA)大手のロックウェル・オートメーションが、MES(製造実行システム)のポートフォリオ拡張を発表しました。この動きは、従来のオンプレミス型に加え、クラウドベースのSaaS型ソリューションを強化するものであり、製造業におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の新たな選択肢を示すものとして注目されます。
FA大手、ロックウェルの新たなMES戦略
ロックウェル・オートメーションは、「弾力的なMES(elastic MES)」という新たな戦略を打ち出し、製造業向けのMES(製造実行システム)製品群を拡充しました。この戦略の核となるのは、企業の規模や成熟度、インフラ環境に応じて、必要な機能を選択し、段階的に導入・拡張できる柔軟性を提供することにあります。従来の画一的で大規模なシステム導入とは一線を画し、より現実的で導入しやすいアプローチを目指している点が特徴です。
クラウドネイティブMESの強化と選択肢の多様化
今回のポートフォリオ拡張の背景には、同社によるPlex Systems社とFiix社の買収があります。Plex社はクラウドネイティブのスマートマニュファクチャリングプラットフォームを提供する企業であり、Fiix社はAIを活用したCMMS(コンピュータ化された保守管理システム)のリーダーです。これらの強力なSaaS(Software as a Service)ソリューションが加わったことで、ロックウェルのMESは大きく進化しました。
一方で、同社は長年の実績を持つオンプレミス型MES「FactoryTalk ProductionCentre」の提供も継続します。これにより、製造業の顧客は、自社のセキュリティポリシーや既存システムとの連携、ITインフラの状況に応じて、以下の選択肢から最適な導入形態を選べるようになります。
- オンプレミス: 従来通り、自社内のサーバーでシステムを運用する形態。
- ハイブリッド: オンプレミスとクラウドを組み合わせて運用する形態。
- クラウド: SaaSとして提供されるシステムを月額課金などで利用する形態。
このように、多様な選択肢を提供することで、一足飛びのクラウド化に躊躇する企業や、特定の工程からスモールスタートしたいというニーズにも応えられる体制を整えたと言えるでしょう。
なぜ今、「弾力的なMES」が求められるのか
従来、MESの導入は、多額の初期投資と長い導入期間を要する大規模なプロジェクトになりがちでした。そのため、特に中堅・中小企業にとってはハードルが高く、導入に踏み切れないケースも少なくありませんでした。また、一度導入したシステムは、事業環境の変化に合わせて柔軟に改修することが難しいという課題もありました。
しかし、近年のサプライチェーンの混乱や労働力不足、顧客ニーズの多様化といった外部環境の急激な変化に対応するためには、製造現場の状況をリアルタイムに可視化し、迅速な意思決定を支援する仕組みが不可欠です。必要な機能から始められ、事業の成長に合わせて機能を追加・拡張できる「弾力的なMES」は、こうした現代的な課題に対する有効な解決策となり得ます。特にクラウドベースのSaaS型MESは、初期投資を抑えつつ迅速に導入できるため、DX推進の第一歩として現実的な選択肢になりつつあります。
日本の製造業への示唆
今回のロックウェル・オートメーションの動きは、日本の製造業にとってもいくつかの重要な示唆を含んでいます。
1. DX推進の現実的なアプローチ
MES導入はもはや「全社一括導入」だけが選択肢ではありません。特定の生産ラインのOEE(設備総合効率)改善や、品質トレーサビリティの強化など、具体的な課題解決を目的としてスモールスタートすることが可能です。自社の課題を明確にし、費用対効果を見極めながら段階的に導入を進めるアプローチがより現実的になっています。
2. クラウド活用の本格的な検討
製造現場におけるクラウド活用には、セキュリティや安定性への懸念が根強くありました。しかし、大手FAベンダーが本格的にクラウドネイティブなSaaS型MESを提供し始めたことは、技術的な成熟と市場の需要を物語っています。自社のIT戦略の中で、クラウドのメリット(コスト、拡張性、迅速性)とリスクを改めて評価し、オンプレミスやハイブリッド構成も含めて最適な形を模索する時期に来ていると言えるでしょう。
3. データ活用の基盤としてのMES
MESは、生産実績や品質、設備稼働といった現場の貴重なデータを収集・蓄積する基盤です。このデータを分析し、生産性の向上や品質の安定、予防保全といった改善活動に繋げることが、データドリブンな工場運営の第一歩となります。大手ベンダーの動向は、単なるツールの変化ではなく、製造業全体のデータ活用が新たなステージに入ったことを示唆しています。
PLCなどの制御機器で強みを持つ企業が、その上位レイヤーであるMES、さらにはクラウドサービスへと事業領域を拡大している流れは、今後も加速することが予想されます。自社の競争力を維持・強化するためにも、こうした市場の大きな潮流を注視していくことが重要です。

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