欧州企業が加速させるサプライチェーンの「デリスキング」- 中国事業の新たな現実と日本の製造業が採るべき道

ロイター通信が報じた在中国欧州連合商工会議所の報告書によると、欧州企業は中国からのサプライチェーン多様化、いわゆる「デリスキング」の動きを加速させています。これは、中国政府の自給自足政策や輸出規制の強化を背景としたものであり、日本の製造業にとっても決して他人事ではありません。

欧州企業が直面する中国事業の新たな現実

近年、地政学リスクの高まりを受け、グローバルサプライチェーンの見直しは製造業における重要な経営課題となっています。そうした中、在中国欧州連合商工会議所が発表した報告書は、欧州企業が中国における事業戦略を大きく転換しつつある実態を浮き彫りにしました。多くの企業が、中国に集中していたサプライチェーンのリスクを低減するため、調達先や生産拠点の多様化をかつてない速さで進めているのです。

この動きは、単に人件費などのコスト要因によるものではなく、より構造的な変化、すなわち中国の政策や経済環境の不確実性に対する備えという側面が強いことが特徴です。完全な中国からの撤退(デカップリング)を目指すというよりは、リスクを管理可能な水準に抑えるための、現実的な戦略と言えるでしょう。

多様化を後押しする二つの要因

報告書が指摘する欧州企業の懸念は、主に二つの要因に集約されます。一つは、中国政府による経済安全保障を重視した政策の強化です。国内での技術開発や生産を促す「自給自足(self-reliance)」路線の推進や、ガリウム、ゲルマニウムといった重要鉱物に対する輸出規制の発動は、これまで安定供給を前提としてきた企業にとって大きなリスクとして認識されています。特定の重要部材の調達が、ある日突然、政治的な判断で滞る可能性を無視できなくなっているのです。

もう一つの要因は、予測が困難な規制環境と経済の先行き不透明感です。改正反スパイ法の施行など、事業運営の予見性を損なう法規制の存在は、外資系企業にとって大きな懸念材料です。加えて、不動産市場の不振に端を発する中国経済の減速懸念も、新規の設備投資を慎重にさせる要因となっています。

「脱中国」ではなく「チャイナ・プラスワン」から「In China, for China」へ

こうした状況下で、欧州企業が選択しているのは、中国からの完全撤退という極端な選択肢ではありません。むしろ、これまでも多くの日本企業が取り組んできた「チャイナ・プラスワン」戦略を、より本格的に、そして迅速に進めていると理解するのが適切です。

さらに注目すべきは、サプライチェーンの「分離」という考え方です。巨大な中国市場をターゲットとする生産は中国国内で完結させる「In China, for China」戦略を維持・強化しつつ、その他のグローバル市場向けの生産は、東南アジアなど中国以外の拠点に移管・複線化する動きが明確になっています。これは、米中対立などの地政学リスクが自社のグローバル供給網に与える影響を遮断するための、極めて合理的な判断と言えます。日本の製造業においても、特に米国向け輸出の比率が高い企業にとっては、同様の戦略が有効な選択肢となり得るでしょう。

日本の製造業への示唆

今回の欧州企業の動向は、日本の製造業にとっても重要な示唆を含んでいます。我々が実務レベルで取り組むべき点を以下に整理します。

1. サプライチェーンの脆弱性の再評価
自社のサプライチェーンを棚卸しし、特定の国や企業への依存度が高い部品・原材料がどこにあるのかを、改めて精密に把握することが不可欠です。特に、代替調達が困難な「シングルソース」品目については、その供給が途絶した場合の事業への影響度を定量的に評価し、事業継続計画(BCP)に反映させる必要があります。

2. 「デリスキング」の具体的な選択肢の検討
リスク評価に基づき、具体的な対策を検討する段階にあります。代替サプライヤーの開拓(国内回帰や東南アジア等への分散)、重要部材の戦略的在庫の積み増し、そして生産拠点の複線化など、選択肢は多岐にわたります。これらは多大なコストと時間を要するため、自社の製品特性、財務体力、そして市場戦略と照らし合わせ、優先順位を定めて実行に移す経営判断が求められます。

3. 地政学リスクに対する感度の向上
サプライチェーンのリスク管理は、もはや調達部門や工場だけの課題ではありません。中国をはじめとする各国の法規制や産業政策の動向は、常に変動しています。これらの情報を継続的に収集・分析し、経営戦略に反映させる体制を全社的に構築することが重要です。欧州企業の動向は、グローバルな潮流を理解し、自社の立ち位置を客観的に見直すための貴重な羅針盤となるでしょう。

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