欧州企業にみるサプライチェーンの「脱・中国依存」:議論から実行フェーズへ

在中国EU商工会議所は、欧州企業によるサプライチェーンの多様化が、これまでの議論の段階を越え、具体的な行動に移りつつあるとの見解を示しました。この動きは、地政学リスクや経済環境の変化に対応する「デリスキング」の一環であり、日本の製造業にとっても決して他人事ではありません。

議論から実行へ移る「デリスキング」

これまで多くのグローバル企業にとって、中国は「世界の工場」としてサプライチェーンの中核を担ってきました。しかし、近年その位置づけは大きく変化しています。在中国EU商工会議所の会頭が指摘するように、多くの欧州企業が中国への過度な依存を見直し、サプライチェーンの多様化を具体的な行動計画として進め始めています。これは、中国市場から完全に撤退する「デカップリング」とは異なり、特定国への集中がもたらすリスクを低減させる「デリスキング」と呼ばれる現実的なアプローチです。地政学的な緊張や予測不能な政策変更といった不確実性に対し、事業の継続性を確保するための、いわば経営の健全化策と捉えることができます。

多様化を加速させる背景にあるもの

この動きの背景には、複数の要因が複雑に絡み合っています。まず、米中間の対立をはじめとする地政学リスクの高まりは、企業にとって無視できない経営課題となりました。また、過去のゼロコロナ政策下における大規模なロックダウンは、生産や物流が突然停止するリスクを現実のものとして突きつけ、多くの企業にBCP(事業継続計画)の見直しを迫りました。さらに、中国国内の人件費上昇や経済成長の鈍化といった経済的な側面も、生産拠点としての魅力に変化をもたらしています。これらの要因が重なり、中国一極集中体制がもたらす脆弱性が、企業の存続を揺るがしかねない重大なリスクとして再認識されるに至ったのです。

サプライチェーン再構築の現実的な課題

もっとも、サプライチェーンの多様化は決して容易なことではありません。「チャイナ・プラスワン」としてベトナムやタイ、インドといった国々が注目されていますが、長年にわたって中国が築き上げてきた巨大な生産能力、高度に集積したサプライヤー網、そして整備されたインフラを代替できる拠点は、世界中どこにも存在しないのが実情です。新しい拠点で同等の品質を確保するための品質管理体制の構築、現地での技術者や熟練工の育成、そして部品・材料の調達網をゼロから再設計するには、膨大な時間とコストを要します。単純な工場の移転ではなく、サプライチェーン全体を俯瞰した、長期的かつ戦略的な視点での取り組みが不可欠です。多くの企業は、既存の中国拠点の役割を見直しつつ、重要部品の第二、第三の調達先を確保するなど、段階的かつ複合的なアプローチを取っているのが現実でしょう。

日本の製造業への示唆

欧州企業のこの動きは、同じくグローバルなサプライチェーンを持つ日本の製造業にとって重要な示唆を与えてくれます。自社の事業を見つめ直し、将来の不確実性に備えるために、以下の点を改めて検討することが求められます。

1. サプライチェーンの徹底的な可視化と脆弱性評価
まずは、自社の製品がどのようなサプライチェーンで成り立っているのか、その全体像を正確に把握することが第一歩です。ティア1だけでなく、ティア2、ティア3のサプライヤーまで遡り、どの部品がどの国のどの地域に依存しているのかを特定し、ボトルネックとなりうる脆弱な部分を洗い出す必要があります。

2. BCP(事業継続計画)の再評価とシナリオ策定
特定の国や地域での生産・物流が停止した場合、事業にどのような影響が及ぶのか。具体的なリスクシナリオ(例:特定海峡の封鎖、特定国からの輸出規制など)を複数想定し、それに対する具体的な対応策を盛り込んだ、実効性のあるBCPへと見直すことが重要です。

3. 「チャイナ・プラスワン」の現実的検討
大規模な生産移管が困難であっても、代替生産・調達先の候補を具体的に調査・選定し、小規模な取引からでも関係を構築しておくことは有効なリスクヘッジとなります。デュアルサプライヤー、マルチサプライヤー化を、コストだけでなくリスク管理の観点から再評価すべき時期に来ています。

4. 国内生産基盤の再評価
全ての生産を海外に依存するのではなく、基幹部品や重要技術に関しては国内での生産能力を維持・強化することも重要な選択肢です。これは、サプライチェーンの強靭化だけでなく、国内の技術継承や人材育成という観点からも意義があります。サプライチェーンの多様化は、もはや単なるコスト削減の議論ではなく、事業の持続可能性を左右する経営の最重要課題の一つと言えるでしょう。

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