欧州の専門メディアAMSが、2025年から2026年にかけての自動車製造の重要テーマとして「人と機械の協調」を挙げています。本記事では、既存工場のEV化や、現場が主導するデジタル化といった具体的な課題を取り上げ、日本の製造業が取るべき進路について考察します。
変革期を迎える自動車製造の現場
電気自動車(EV)へのシフト、ソフトウェア定義車両(SDV)の台頭、そして絶え間ないサプライチェーンの変動など、自動車業界は大きな変革の渦中にあります。この変化は、完成車メーカー(OEM)だけでなく、部品サプライヤーを含むすべての製造現場に、生産方式の根本的な見直しを迫っています。このような状況下で、欧州の自動車製造専門メディアであるAutomotive Manufacturing Solutions(AMS)は、来る2025-2026年のスマートファクトリーにおける重要な教訓として、「人間と機械の関係性」に焦点を当てています。
既存工場のEV化(ブラウンフィールド改修)という現実解
EV生産に対応するため、全く新しい工場(グリーンフィールド)を建設する動きもありますが、多くのメーカーにとっては、既存の工場(ブラウンフィールド)を改修・転換していくことが現実的な選択肢となります。しかし、ブラウンフィールド改修には特有の難しさがあります。限られた敷地面積、既存の建屋や設備の制約、内燃機関(ICE)車との混流生産など、乗り越えるべきハードルは少なくありません。
特に、バッテリーパックの組み立てや車体への搭載工程は、従来のエンジンや燃料タンクとは全く異なる設備とスペースを必要とします。日本の製造現場においても、長年にわたり最適化を重ねてきた生産ラインをいかに柔軟に、かつ投資対効果を意識しながら再構築できるかが、生産技術者の腕の見せ所となるでしょう。段階的な移行計画と、既存資産を最大限に活用する知恵が求められます。
技術先行ではない、「人」が主導するデジタル化
スマートファクトリーやDX(デジタルトランスフォーメーション)というと、最新のテクノロジー導入にばかり目が向きがちです。しかしAMSは、「人が主導するデジタル化(people-led digitalisation)」の重要性を指摘しています。これは、技術を導入すること自体が目的化するのではなく、あくまで現場で働く人々の課題解決やスキル向上に資する形でデジタル技術を活用すべきだという考え方です。
例えば、熟練技能者が持つ暗黙知をデータ化して若手に継承するシステムや、AR(拡張現実)グラスを用いて作業手順をナビゲートする仕組みなどが挙げられます。大切なのは、現場の作業者が「これなら使える」「仕事が楽になる」と実感できるツールを選定し、ボトムアップで活用を広げていくアプローチです。日本の製造業が誇る「カイゼン」活動とデジタル技術を融合させ、現場の知恵を最大限に引き出すことができれば、大きな競争力に繋がります。
完全自動化の先にある、人間と機械の最適な協働
かつて目指された「無人工場」のような完全自動化は、ことさら変動の激しい自動車製造においては、必ずしも最適解とは言えません。むしろこれからは、人間と機械がそれぞれの得意分野を活かして協働する姿が主流となるでしょう。重量物の搬送や単調な繰り返し作業はロボットが担い、人はより複雑な判断を要する段取り替え、品質の最終確認、突発的なトラブル対応といった付加価値の高い業務に集中するのです。
また、工場内に張り巡らされたセンサーから得られる膨大なデータをAIが分析し、生産性のボトルネックや品質異常の予兆を提示する。その情報をもとに、最終的な意思決定を下し、具体的なアクションを起こすのは、経験と知識を持つ現場のリーダーや技術者です。機械を単なる労働力の代替と捉えるのではなく、人間の能力を拡張するためのパートナーとして位置づける視点が不可欠になります。
日本の製造業への示唆
今回のレポートから、日本の製造業が今後取り組むべきテーマとして、以下の点が挙げられます。
1. 現実的な設備投資計画:
新設工場だけでなく、既存工場の段階的な改修(ブラウンフィールド)を前提とした、柔軟で現実的な投資戦略を立てることが重要です。限られたリソースの中で、どの工程から電動化やデジタル化に着手すべきか、優先順位を見極める経営判断が求められます。
2. 現場主体のDX推進:
最新技術の導入ありきではなく、現場の課題解決に貢献するかという視点でツールを選定し、使いこなす文化を醸成することが不可欠です。トップダウンの指示だけでなく、現場からの自発的な改善提案を促す仕組みが、実効性のあるDXを実現します。
3. 人間中心の自動化設計:
生産性や効率の追求はもちろんのこと、作業者の安全性向上や身体的負荷の軽減といった観点も忘れてはなりません。人間と機械が共存し、双方が能力を最大限に発揮できるような生産ラインの設計思想が、持続可能な工場運営の鍵となります。
4. 人材育成の再定義:
デジタルツールを使いこなし、データに基づいて判断できるスキルは、今後あらゆる階層の従業員に求められます。従来の技能伝承に加え、新たな時代に対応するためのリスキリング(学び直し)を計画的に進めていく必要があります。


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