海外の金融機関で「Production Management」という職種の求人が見られますが、これは製造業でいうところの「生産管理」とは少し意味合いが異なります。本稿では、IT業界、特に金融分野で使われるこの言葉の意味を紐解き、日本の製造業における工場運営やシステム管理へのヒントを探ります。
異業種で見かける「生産管理」という言葉
先日、シンガポールの金融機関で「Production Management Lead」という役職の募集がありました。製造業に携わる我々がこの言葉を聞くと、真っ先に工場の生産計画、工程管理、納期管理といった業務を思い浮かべることでしょう。しかし、この求人が出ていたのは金融業界です。彼らが指す「Production」とは、物理的な製品のことではなく、日々の業務を支える「本番稼働中のITシステム(Production Environment)」を指しています。
つまり、金融業界における「Production Management」とは、銀行の勘定系システムやトレーディングシステムといった、24時間365日止まることが許されないミッションクリティカルなITシステムの安定稼働を維持・管理する専門職のことです。これは、製造業でいえば、工場の生産設備全体を安定して動かし続ける設備保全や、生産ラインの円滑な運用を担う役割に近いものと捉えることができます。
金融ITにおける「Production Management」の役割
では、具体的にどのような業務を担うのでしょうか。その役割は多岐にわたりますが、主には以下のものが挙げられます。
システムの監視とインシデント対応: システムが正常に稼働しているかを常に監視し、障害や性能低下といった異常(インシデント)を検知した際には、迅速に初期対応を行い、関係各所と連携して復旧作業を主導します。一瞬のシステム停止が莫大な損失に繋がる金融業界では、極めて高い即時性と正確性が求められます。
根本原因の究明と再発防止: 発生した障害に対して、なぜそれが起きたのかという根本原因を徹底的に分析し、恒久的な対策を講じます。このプロセスは、製造業における品質管理で用いられる「なぜなぜ分析」やQCストーリーの考え方と非常に似ています。
変更管理: 新しい機能のリリースやシステムのアップデートといった「変更」が、既存の安定稼働に影響を及ぼさないよう、事前の影響評価やリリース手順のレビュー、実施後の監視などを厳格に管理します。これは、製造業の現場で実践されている「4M変更管理」の思想と通じるものがあります。
キャパシティ管理: 将来の取引量の増加などを見越して、システムの処理能力(キャパシティ)が不足しないよう、継続的にモニタリングと分析を行い、計画的な増強を提案します。工場の生産能力を評価し、将来の需要に合わせて設備投資を計画する業務に相当すると言えるでしょう。
製造業の「生産管理」との共通点と相違点
対象とするものは物理的な「製品」と「情報システム」で大きく異なりますが、その根底に流れる思想には共通点が見られます。「計画通りに、安定して、高品質なアウトプットを出し続ける」という目的は、どちらの業界でも同じです。そのために、問題を未然に防ぎ、発生した問題には迅速かつ的確に対処し、継続的な改善を行うというアプローチが取られています。
一方で、大きな違いは、問題発生時の影響範囲と対応速度にあります。製造ラインのトラブルは特定の工程やロットに影響が限定されることが多いのに対し、基幹ITシステムの障害は、瞬時に全社、あるいは顧客全体にまで影響が波及する可能性があります。そのため、金融ITのProduction Managementには、より一層の迅速性と、広範囲にわたるコミュニケーション能力が求められるのです。
日本の製造業への示唆
この異業種の「生産管理」から、我々日本の製造業は何を学ぶことができるでしょうか。最後に、実務への示唆を3点に整理します。
1. 工場DXを支える「システム運用」の専門性向上
スマートファクトリー化が進む中、MES(製造実行システム)や各種センサー、IoT基盤など、工場の安定稼働はITシステムの安定稼働とほぼ同義になりつつあります。これまで情報システム部門に任せきりだったシステムの運用管理を、生産現場と一体となった重要業務として再定義し、金融業界の「Production Management」のように、プロアクティブに安定稼働を追求する専門チームや役割を設ける視点が今後ますます重要になるでしょう。
2. 「守りのIT」への意識改革と投資
ITシステムの管理を、単なるコストセンターや障害が起きてから対応する「事後処理」と捉えるのではなく、工場の安定生産を支えるための「予防保全」活動として位置づけることが肝要です。これは、製造現場で培われてきたTPM(Total Productive Maintenance)の考え方を、ITインフラの領域にも適用する試みと考えることができます。安定稼働への投資は、将来の機会損失を防ぐための重要な経営判断です。
3. 生産技術とITの融合人材の育成
これからの工場運営では、生産ラインの仕組みを熟知しているだけでなく、それを支えるサーバー、ネットワーク、アプリケーションといったITインフラの知識も併せ持つ人材が不可欠となります。生産技術者とIT技術者が互いの領域を学び、円滑に連携できるような組織文化の醸成や、新たなキャリアパスの設計が求められます。


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