一見、製造業とはかけ離れた映画製作の世界。しかし、その人材育成のアプローチには、私たちの現場における技能伝承や人材育成を考える上で、非常に重要な示唆が含まれています。本稿では、ある映画製作者育成プログラムの事例から、実践を通じた学びの重要性を再考します。
映画業界における「プロダクション・マネジメント」と実践主義
海外のクリエイティブ分野における人材育成プログラムに関する記事に、興味深い一節がありました。それは、志ある映画製作者を支援するプログラムについて述べたもので、ある参加者が「プロダクション・マネジメント(production management)」を実践から学んだと語っています。彼は、年に4、5本もの長編映画の製作現場(セット)に繰り返し身を置くことで、必要な知識とスキルを体得していったといいます。
映画製作は芸術的な側面が注目されがちですが、実際には多数の専門スタッフ、複雑な撮影スケジュール、そして厳格な予算を管理する、極めて高度なプロジェクトマネジメントそのものです。ここでいう「プロダクション・マネジメント」とは、まさに製造業における「生産管理」に相当する概念であり、計画、実行、管理というプロセスが求められる点は、私たちの工場運営と何ら変わりありません。重要なのは、その能力が座学ではなく、あくまで「実践(doing)」の反復によって培われるとされている点です。
製造現場におけるOJTの形骸化と「やってみる」文化の再構築
この事例は、日本の製造業が長らく強みとしてきたOJT(On-the-Job Training)の本質を改めて問い直すきっかけを与えてくれます。かつての日本の製造現場では、先輩の背中を見て仕事を覚え、試行錯誤を繰り返す中で一人前の技術者や技能者が育ってきました。しかし、生産効率の追求や短期的な成果が求められる昨今、若手にじっくりと「やってみる」機会を与え、失敗から学ばせるという文化が失われつつある現場も少なくないのではないでしょうか。
マニュアルを渡し、手順を一度見せるだけのOJTでは、予期せぬトラブルに対応できる応用力や、より良い方法を模索する改善の視点は育ちません。映画製作の現場がそうであるように、製造現場においても、意図的に挑戦の機会を設け、責任ある立場でプロジェクトや工程の一部を任せてみること、つまり「本番さながらのセットに何度も立つ」経験を積ませることが、次世代のリーダーや中核人材を育む上で不可欠です。
専門性と管理能力の融合
年に複数本の作品に関わるという経験は、短期間で多様な課題に直面し、解決策を導き出すサイクルを高速で回すことに繋がります。これは、製造業における多能工化の育成や、ジョブローテーションによる視野の拡大と類似しています。ひとつの専門分野を深く掘り下げるだけでなく、製品開発から生産、品質保証、出荷に至るまでの一連の流れを俯瞰できる人材は、組織にとって極めて貴重な存在です。
現場の技術者やリーダーには、自身の専門技術に加え、人・モノ・カネ・情報を動かす「プロダクション・マネジメント」の視点が求められます。日々の生産活動を、単なる作業の繰り返しと捉えるのではなく、ひとつのプロジェクトとして管理する意識を持つこと。そのような視座を若手のうちから養うための仕組みづくりが、今後の工場運営において重要な鍵を握ると言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
今回の異業種の事例から、日本の製造業が再確認すべき要点と実務への示唆を以下に整理します。
1. OJTの再設計と意図的な「実践」の場の提供:
形骸化したOJTを見直し、単なる業務の引き継ぎに終わらせないことが重要です。改善プロジェクトのリーダーを任せる、新規設備の導入を主担当として担当させるなど、若手や中堅社員が主体的に考え、行動し、結果責任の一部を担うような「実践」の機会を意図的に設計することが求められます。
2. 失敗を許容し、学びを促す組織文化の醸成:
「やってみる」ことには失敗がつきものです。挑戦した結果の失敗を責めるのではなく、そのプロセスと原因分析を組織全体の学びとして共有し、次に繋げる文化が不可欠です。安全や品質に関わる致命的な失敗は避けねばなりませんが、管理された環境下での挑戦を奨励する姿勢が、人材の成長を加速させます。
3. 生産管理(マネジメント)視点の早期育成:
優れた技術者が、必ずしも優れた管理者になるとは限りません。現場の早い段階から、コスト意識、納期管理、人員配置といったマネジメントの視点に触れる機会を提供することが有効です。日々の朝礼や週次の生産会議などで、担当工程の管理指標について自ら報告・考察させることも、その第一歩となり得ます。
4. 異業種のアプローチから学ぶ柔軟な姿勢:
自社の常識や業界の慣習にとらわれず、映画製作のような全く異なる分野の事例からでも、自社の課題解決に繋がるヒントを見出そうとする柔軟な姿勢が、これからの経営層や管理者に求められます。本質的な課題は、業界が違えど共通していることが多いのです。


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