ある海外記事では、報道写真が文脈を切り取ることで、特定の『物語』を意図的に『製造』する問題を論じています。これは一見、製造業とは無関係に思えますが、実は私たちの現場でも、データや報告の仕方一つで、実態とは異なる認識が作られてしまう危険性をはらんでいます。本稿ではこの視点から、現場の真実を伝えるための情報共有のあり方を考察します。
元記事が提起する『物語の製造』という視点
今回参照した記事は、ガザ地区に関する報道写真が、被写体を特定の角度から撮影し、周囲の文脈を意図的に切り取る(トリミングする)ことで、鑑賞者に「監禁されている」という特定の物語、すなわちナラティブを植え付けてしまう問題を指摘しています。記事中で使われている「Manufacturing(製造)」という言葉は、もちろん工業製品のことではなく、こうした「物語を意図的に作り出す」行為を指す比喩表現です。しかし、この「情報の加工や切り取り方によって、受け手の認識が操作されうる」という指摘は、日本の製造業の現場においても、深く考えるべきテーマを含んでいます。
私たちの職場に潜む『情報の製造』
製造現場は日々、膨大なデータに囲まれています。生産実績、設備稼働率、不良率、原価など、これらのデータは経営判断や現場改善の重要な基盤となります。しかし、その報告プロセスにおいて、意図的か無意識的かにかかわらず、元記事が指摘するような『情報の製造』が行われてしまうことはないでしょうか。例えば、月次の生産報告会で、好調な製品ラインのデータだけを強調したグラフを見せ、全体の傾向であるかのように説明するケース。あるいは、品質トラブルの報告書で、根本原因の追究を避け、偶発的な要因や作業者の不注意といった表層的な説明に終始し、問題を矮小化してしまうケースです。これらは、現場の複雑な現実の一部だけを切り取り、単純で『都合の良い物語』を製造していることに他なりません。
なぜ、実態と異なる『物語』が生まれるのか
こうした情報の歪みは、単に報告者の悪意だけで生まれるわけではありません。むしろ、組織の構造的な問題に根差している場合がほとんどです。「悪い報告をすると評価が下がる」というプレッシャーや、常に改善成果を求められる組織文化が、担当者に「ポジティブな側面だけを見せたい」という動機を与えてしまいます。また、経営層や管理職が複雑な現場の実態を理解する時間的・精神的余裕がなく、要約された分かりやすい報告を求める傾向も、こうした状況を助長します。結果として、現場の試行錯誤や隠れた問題、微妙な変化といった重要な文脈が削ぎ落とされ、加工された情報だけが独り歩きを始めてしまうのです。
現場のありのままを伝えるために
では、私たちはどのようにして、現場の真実をより正確に伝え、共有することができるのでしょうか。まず重要なのは、データや報告書を「客観的な事実」ではなく、「特定の視点で切り取られた加工物」として捉える姿勢です。報告を受ける側は、単一のKPIだけでなく、その背景にある複数のデータを確認し、「なぜこの期間で集計したのか」「このグラフに含まれていない要素は何か」といった問いを持つことが不可欠です。同時に、報告する側が安心して「悪いニュース」を伝えられる心理的安全性の確保が求められます。失敗や問題を責めるのではなく、早期に課題を共有してくれたことを評価する文化を醸成しなければ、誰も正直な報告をしようとは思いません。そして何より、データだけに頼らず、経営層や管理者が定期的に現場に足を運び、現物と現実を自身の目で確認する「三現主義」の徹底が、加工された情報に惑わされないための最も確実な方法と言えるでしょう。
日本の製造業への示唆
本稿で考察してきた内容は、日本の製造業に携わる私たちに、以下の重要な示唆を与えてくれます。
1. 報告は『情報の製造』であると認識する
日々の報告書や会議資料は、客観的な事実そのものではなく、作り手の意図や解釈が介在した「加工物」です。この前提に立つことで、情報の受け手はより批判的・多角的な視点を持つことができ、作り手はより誠実な情報提供を心がけるようになります。
2. データの『背景』と『文脈』を問う
提出されたデータに対し、「なぜこの切り口なのか」「比較対象は適切か」「除外された情報はないか」と問う姿勢が、特に経営層や管理職には求められます。数字の裏にある現場の文脈を理解しようと努めることが、誤った意思決定を防ぎます。
3. 心理的安全性の確保が、真実の報告に繋がる
問題や失敗を正直に報告できる組織文化は、単なる精神論ではありません。問題の隠蔽による手遅れを防ぎ、本質的な原因究明と再発防止を促進するための、極めて重要な経営基盤です。
4. デジタル化時代の『現場現物主義』
DXが進み、データがリアルタイムで可視化される時代だからこそ、現場で起きている事象(現物)や、そこで働く人々の声(現実)の価値はむしろ高まっています。データと現実を往復し、両者の乖離や一致を確認するプロセスが、健全な工場運営の根幹をなします。


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