米国の製造業において、関税によるコスト増を製品価格に転嫁する動きが顕著になっています。これは、地政学リスクへの対応として注目される生産拠点の国内回帰(リショアリング)に伴うコスト増も背景にあり、サプライチェーン再編の難しさを浮き彫りにしています。
関税コストを価格に転嫁する米国製造業の実態
米国の供給管理協会(ISM)が実施した調査によると、調査対象となった製造業リーダーの32%が、関税に関連して増加したコストのすべてを販売価格に転嫁する計画であると回答しました。これは、米中間の貿易摩擦をはじめとする国際情勢の変化が、企業の調達コストを直撃し、収益を圧迫している実態を明確に示しています。これまで企業努力で吸収してきたコスト増も限界に達し、価格改定という直接的な手段に踏み切らざるを得ない状況が広がっていると言えるでしょう。
価格転嫁の背景にある「リショアリング」の課題
今回の価格転嫁の動きは、単なる関税コストの上昇だけが原因ではありません。背景には、サプライチェーンの強靭化を目的とした生産拠点の国内回帰、いわゆる「リショアリング」の動きが関係しています。海外からの輸入に課される関税を回避し、安定した生産体制を確保するために国内生産に切り替える企業が増えていますが、これには新たなコストが発生します。米国内の労働コストは多くの国よりも高く、新たな設備投資も必要となります。関税対策としてリショアリングを選択した結果、生じたコスト増を吸収するために、結局は製品価格を引き上げるという構図が見えてきます。
日本の製造現場における考察
この米国の動向は、日本の製造業にとっても決して他人事ではありません。日本でも近年、円安の進行や地政学リスクの高まりを背景に、生産拠点を国内に戻す動きが注目されています。しかし、国内回帰には、米国と同様に労働コストの上昇や、深刻化する人手不足という大きな課題が伴います。国内での生産体制を再構築する際には、単に場所を移すだけでなく、自動化や省人化技術への積極的な投資を通じて、コスト増を吸収できるだけの高い生産性を実現することが不可欠です。また、コスト増を価格に転嫁せざるを得ない場合、その根拠となる付加価値を顧客にどう説明し、理解を得るかという、より高度な価格戦略が求められることになります。
日本の製造業への示唆
今回の米国の調査結果から、日本の製造業が学ぶべき点は多岐にわたります。以下に、実務的な示唆を整理します。
1. サプライチェーンコストの再評価と可視化:
自社のサプライチェーン全体を俯瞰し、関税、輸送費、人件費といったコストが地政学リスクによってどう変動しうるかを具体的にシミュレーションし、可視化することが急務です。特定の国や地域への依存度を定量的に把握し、リスクを洗い出す必要があります。
2. 付加価値に基づく価格戦略の構築:
コスト上昇を理由とした価格改定は、顧客の理解を得ることが容易ではありません。自社製品の品質、技術力、安定供給といった付加価値を明確にし、それに見合った価格であることを論理的に説明できる準備が不可欠です。コスト削減努力と並行して、価格交渉力の強化が求められます。
3. 国内生産拠点の競争力強化:
国内回帰を検討する場合、単に生産を移管するだけではコスト競争力を失いかねません。IoTやAIを活用したスマートファクトリー化、ロボットによる自動化などを推し進め、生産性を抜本的に向上させる視点が重要です。これは、人手不足という国内の構造的課題への対応策ともなります。
4. 調達・生産体制の複線化:
特定のリスクが顕在化した際に事業が停滞しないよう、調達先や生産拠点を複数の国・地域に分散させる「チャイナ・プラスワン」や、価値観を共有する国々と連携する「フレンド・ショアリング」といった戦略の重要性が増しています。有事の際に迅速に切り替えられる柔軟なサプライチェーンを構築することが、長期的な安定経営に繋がります。


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